松平定敬とはどんな人?戊辰戦争から大河ドラマの演者まで紹介


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松平定敬(まつだいらさだあき)は最後の桑名(くわな)藩主であり、京都守護職の松平容保(まつだいらかたもり)の弟として知られていますが、兄の容保と比べるとあまり有名とはいえません。

この記事では、松平定敬について取り上げます。

 

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松平定敬とは

 

松平定敬は1847年美濃高須藩主(みのたかすはんしゅ)松平義建(まつだいらよしたつ)の8男として江戸藩邸で生まれました。

1859年に桑名藩主松平定猷(まつだいらさだみち)が死去すると、定猷の養子として桑名藩主となります。

1864年に京都所司代に任命されました。同時に兄で会津藩主の松平容保は京都守護職に任命されて、京都の治安を守る兄容保を補佐します。

1868年、鳥羽伏見の戦いをきっかけに戊辰戦争が始まりました。

松平定敬は徳川慶喜(とくがわよしのぶ)に従い、江戸で謹慎生活をすることになりました。

謹慎生活後、会津に移動し、会津若松城で兄の容保と再開します。

その後、会津戦争には加わらず、榎本武揚(えのもとたけあき)の艦隊で函館に渡りました。

函館戦争終結前にアメリカ戦に乗って、横浜を経由して上海へ逃亡することを試みますが、海外逃亡を断念して降伏しました。

逃亡する資金が底をついたといわれています。

降伏後、赦免され、明治政府に加わりました。

海外視察をしますが、体調不良で海外視察を取り止めたこともあります。

1877年、不平士族の最後の反乱である西南戦争(せいなんせんそう)に参加します。

このとき、明治政府軍として旧桑名藩の兵を率いて遠征しました。

1908年、61歳で死亡しました。

 


 

兄容保の会津藩と弟定敬の桑名藩

 

松平容保が藩主だった会津藩は、保科正之(ほしなまさゆき)から江戸幕府が倒れるまで保科家が治めました。

一方で、桑名藩は藩主の入れ替わりが多い藩でした。

初代は本多忠勝(ほんだただかつ)が藩主でしたが、姫路城に転封されると、久松松平家が100年近く、白川藩から奥平松平家が幕末まで藩主となりました。

 

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これまでの大河ドラマで誰が演じた?

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これまでに大河ドラマで松平定敬を演じた俳優について取り上げます。

松平容保の弟ということで、テレビでの出演の数は兄の容保と比べると少なく、知名度もあまり高くありません。

大河ドラマについて、2004年の『新選組!』で高橋一生が演じています。ちなみに、兄の容保は筒井道隆が演じています。

2013年の『八重の桜』では中村隼人が演じています。兄の容保は綾野剛が演じています。

2018年の大河ドラマ『西郷どん』では松平定敬は登場しません。兄の容保が登場し、柏原収史が兄の容保を演じています。


  

 

 

松平定敬の墓はどこにある

 

松平定敬の墓は東京都の染井霊園にあります。

染井霊園は東京都豊島区駒込にあり、交通アクセスはJR・地下鉄三田線巣鴨駅から徒歩10分、JR・地下鉄南北線駒込駅から徒歩12分の場所にあり、

交通アクセスの良い場所にあります。墓の正面に「従二位松平定敬之墓」という文字があります。

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライター オフィス樋口

 

今回は松平容保の弟の松平定敬について取り上げました。

松平定敬は兄の京都守護職の松平容保と比べると、テレビでの演出が少なくなるため、知名度が低いという印象を受けると思います。

ヤフーなど検索サイトで「松平定敬」と検索すると、「松平定敬 高橋一生」というキーワードがヒットします。

俳優の高橋一生といえば、脇役として注目されています。

特に、2017年の大河ドラマ『おんな城主!直虎』では、小野但馬守政次(おのたじまのかみまさつぐ)役で女性ファンを中心に注目されるようになりました。

これまでに高橋一生は多くの大河ドラマで脇役として出演しています。

1999年の大河ドラマ『元禄繚乱(げんろくりょうらん)』では柳沢吉里(やなぎさわよしさと)役で出演しています。

2007年の大河ドラマ『風林火山』では駒井政武(こまいまさたけ)役で出演しています。

2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』井上九郎右衛門(いのうえくろうえもん)役で出演しています。

高橋一生が注目されることをきっかけに、松平定敬以外で、これまでに大河ドラマで演じた人物の知名度が上がるのか注目したいと思います。

 

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