徐庶にはどんな逸話があるの?


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

徐庶

 

劉備(りゅうび)曹操(そうそう)に仕えた徐庶(じょしょ
)

徐庶は資料があまり豊富ではない為、どのような逸話があるのか知っている方は少ないと思います。

徐庶の逸話を知ることで彼の性格や考え方等が読み取れるようになりますので、彼の逸話についてご紹介したいと思います。

 

自称・皇帝
当記事は、
「徐庶 逸話」
などのワードで検索する人にもオススメ♪

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:徐庶は史実ではちゃんと出世していた!やっぱり仕えるなら魏の方が良いの?

関連記事:劉備と徐庶との最初の出会いは?夜に隣室から漏れ聞こえてきた会話から始まった?


徐庶の逸話:名前が違う!?

剣を持って戦う徐庶

 

実は徐庶という名前は彼が後につけた名前で、もともとの名前は徐福(じょふく
)
と言います。徐庶よりも徐福の方が優しそうな感じがしませんか。ここでは徐福だとややこしくなるため、徐庶で名前を統一していきたいと思います。どうして徐福から徐庶に名前を変えたのでしょうか。


名前を変えたのは心を入れ替えて勉学に励むため!!

ヤンキー

 

皆様は若い頃ヤンキーやヤクザ者の任侠伝とかに憧れたことはありませんか。

 

徐庶は若い頃、ヤクザに憧れていたそうです。そのため徐庶は撃剣を習ってかなりの使い手として知られていました。撃剣の使い手徐庶は、人に雇われて仇討ちをしますが、役人にバレてしまいます。

 

徐庶は役人に捕まらないため、顔に白土を塗って、髪を振り乱して逃亡しますが、役人に捕まってしまうのでした。その後徐庶は仲間によって救助されたことで解放されます。

 

徐庶は解放されますが、役人に捕まったことで大きく心情が変化し、心を入れ替えて学問を学ぶ決意をし、塾へ通います。ですが、塾の学生たちは徐庶が以前ヤクザもので捕まった事がある事を知っており、徐庶と付き合おうとする人物はいませんでした。

 

徐庶はそこで名前を変えて謙虚な態度を取り、朝早く起きて一人で掃除をして、人の気持ちを良く汲んで行動しながら、勉学に励んだそうです。この結果、学友の中から彼を見直し付き合ってくれる友達が次第に増えていくことになります。

 

徐庶の逸話の中でも素晴らしい逸話の一つだとレンは思います。皆様は彼のこの逸話どのように思いますか。


臥竜を薦めた人物

劉備の元から離れたくない徐庶

 

他にも徐庶には逸話があるので紹介したいと思います。徐庶は劉備が荊州・新野に駐屯していることを知り、彼に会いに行きます。劉備は徐庶が来ると彼と会見。徐庶は劉備へ「私は臥竜と呼ばれる優れた人物を知っています。

 

この人の名前は諸葛孔明というのですが、将軍はこの人物に会いたいと思いますか。」と質問。劉備は「君。その人物を連れてきてくれないか。」と徐庶に諸葛孔明を連れてくるようにお願いします。

 

すると徐庶は「将軍。残念ですが、この人物は無理に連れてくることはできません。将軍自ら彼を訪ねればお会いすることができるでしょう。」と述べます。劉備は徐庶のアドバイスを聞いて諸葛孔明を尋ねることになります。

 

劉備は徐庶から諸葛孔明の名前を聞く前に司馬徽(しばき)からも聞いていました。ですが、劉備が司馬徽の意見を聞いて、諸葛孔明の元を訪ねようとしたとは正史三国志に記載されていません。

 

3000人の配下で孔明の庵を包囲する武闘派な劉備

 

そのため徐庶のアドバイスがあって、劉備が諸葛孔明の元を訪れようと決意したことがうかがえます。もしこの時、徐庶が劉備のもとを訪ねていかなければ諸葛孔明が劉備の配下として加わることなく、草廬で一生を過ごしていたかもしれません。

 

竹中半兵衛(軍師

 

そうなれば「三顧の礼」の諺が出来ず、日本の戦国時代、木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)竹中半兵衛(たけなかはんべい
)
重治を配下に加えるシーンでこの言葉を使うことができず、ほかの言葉で代用されていたかもしれません。


三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レン

 

徐庶は諸葛孔明と一緒に劉備へ仕えますが、その後劉備のもとを離れて曹操の元に仕えることになります。

 

曹操にヘッドハンティングされる徐庶

 

どうして劉備のもとを離れて曹操に仕えたのか。その理由は曹操が荊州を奪った後、劉備軍を討伐するために追撃を開始。劉備は曹操軍の追撃から逃げきることに成功しますが、徐庶の母親が曹操軍に捕まってしまいます。

 

徐庶は母親を見捨てず、劉備の元を去って曹操に仕えることになるのです。この点も徐庶の逸話の一つとして数えることができるでしょう。やくざ者であったが心を入れ替えて勉学に励み、母親を見捨てなかった孝行息子・徐庶の逸話を紹介しました。

 

■参考文献 正史三国志蜀書など

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:諸葛亮と徐庶と崔州平はどうして仲が良かったの?

関連記事:「連環の計を見破った以上、龐統よりも徐庶のほうが上じゃね?」という一人の高校生の暴言に答えよう

 

【武勇・知謀を持ち合わせた有能軍師・徐庶】
徐庶特集

 

 

関連記事

  1. 于吉
  2. 貂蝉
  3. 北伐でやりあう曹叡vs孔明
  4. 曹丕
  5. 劉備と関羽と張飛の桃園三兄弟
  6. テレビを見る朱霊

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志倶楽部

“濡須口の戦い

“赤壁の戦い

“公孫瓚

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

“はじめての三国志公式LINEアカウント"




PAGE TOP