史実において、戦国七雄最弱の国として認識されている韓。その部分は、漫画キングダムでも同じであり、韓のキャラクターとして思い出せるのは、合従軍編で登場した、悪魔の毒霧の成恢くらいで、その成恢ですら張唐将軍に背を見せた所を討たれるという地味な最期を迎えました。ところが、ガッカリするにはまだ早い、韓には騰を討つかも知れない名将、張平がまだ残されているのです。
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この記事の目次
すでに登場を予言された知将張平
張平とは、秦王政の加冠の儀に韓の張宰相として参加していた文官です。釐王・桓恵王の二代に宰相として仕え、キングダムの中でも中華一の賢者として天下に名声が轟いているとされています。この張平、原先生に何か深刻な事が起きない限り、今後登場する事が確定しています。っそれというのも、キングダム公式ガイドブック覇道列紀で、あとでちゃんと出そうと思っています。張良の子供時代とかも出るかも知れないです。とノリノリで語っているからです。
ただ、史記留侯世家では、張平は韓が滅ぶ二十年前に死んだとされています。韓の滅亡は紀元前230年なので、史実の張平は紀元前250年には死んでいる計算になり、本当は故人なのですが、ここは内緒です。ただ、実際には死んでいる張平を、わざわざ活かして使うという事は、作者は張平に何らかの活躍をさせて、張良に強烈なイメージを残そうと考えているかも知れません。では、張平が何をするのかを考えてみます。
張平が李牧と連動し領地を奪い返す
史実によると、趙の李牧は、紀元前233年に秦の桓騎を撃破し、さらに翌年に番吾を攻めて来た秦軍を撃退し、秦に攻めこまれた領地を韓と魏の国境まで押し返したと書かれています。
秦攻番吾李牧撃破秦軍南距韓魏
この南距というのは、へだてる、間を空けるという意味があり、韓と魏の国境まで南へ秦を押し返したという意味になるそうです。しかし、この手柄は李牧一人で出来たと書かれているわけではありません。原文は解釈次第では、韓と魏が李牧に連動して秦軍に襲い掛かり、三カ国合従軍の形で秦軍を南へ押し戻したとも解釈できるでしょう。また史記には、この時の秦の将軍の名前を書いていないので、漫画では、ここで敗北した将軍を騰とする事も可能でしょう。
つまり、李牧の策略により、韓では張平が魏では呉鳳明あたりが同時に立ち上がり、番吾を攻めてきた騰を撃退して追いやるという手柄を立てるのではないかと思います。
復讐に燃える騰が張平を討つ
ところが、一時的に領土を回復した韓の栄光は長くは続かなかったようです。史実では、紀元前231年に韓は南陽の地を秦に割譲し、秦はここに南陽郡を置き騰を仮の郡守に任命しています。
この史実を踏まえると、一度は騰を破り南に追いやった張平が、次は騰の逆襲によって戦死する事になり、韓の兵士も大敗、慌てた韓王安が、領土を割譲する代わりに和睦を求めたというストーリーになるのではないでしょうか?
張平が戦死した時に、幼い張良は騰と遭遇し
「小僧、悔しければ、大きくなって私を倒しに来い」とか何とかポーカーフェイスで言うのかも知れません。
宰相の張平を失った韓は、大黒柱を失い、衰退が止められなくなり、それを見越した騰は、翌年には、韓に攻めこんで完全に平定してしまい、父を失い国をも失った張良は放浪の旅に出ていくという流れが考えられます。
大将代理の張印の活躍もあるか?
張と言えば、成恢が張唐に斬殺された後に大将代理に任命された張印という将軍がいます。禍燐を前にしてビビっていた、やや情けないキャラですが、張宰相と同じ張という事は、実は親戚という設定ではないでしょうか?いや、もしかすると、キングダム設定として、張平は張良の祖父で、張印は張良の父というような設定なのかも知れません。そうなると、張良は騰によって、父と祖父を同時に奪われるというなかなかシンドイ展開になるかも知れませんね。
史実では、秦によって韓をほろぼされた恨みから、始皇帝の命を付け狙うまでになった張良なので、これくらいの事をされないといけないとも考えられます。
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