謎が多い劉備の生まれについて、高祖の血族とは本当なのか?


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二刀流の劉備

 

三国志の英傑の一人でもある劉備(りゅうび)、正史三国志と三国志演義を比べると色々なことを言われがちな劉備ですが、間違いなく三国志と三国志演義を代表する英傑の一人だと思います。今回そんな彼のことでちょっと触れてみたいのが、その生まれについて。

 

劉邦

 

三国志演義の方では高祖・劉邦(りゅうほう)の血を引くことが認められるシーンもありますが、そもそも「漢皇帝の末裔」というのは劉備にとってどんな意味を持つのか……それについても考察をしていきたいと思います。

 

自称・皇帝
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劉備の生まれについて、正史と三国志演義を見てみる

劉備に仕える張裔

 

さて劉備の生まれというと、高祖である劉邦の血を引くと言っています。しかしこれはあくまで自称であり、正式に確認された訳ではありません。三国志演義では皇帝の前で確認され、縁者として事実と認められるシーンがあるのでこの場面から勘違いされることがあるのですが、あくまで劉邦の血を引く、漢皇帝の末裔というのは自称です。

 

劉邦はヤンキー

 

劉邦については皆さんもご存知のことと思いますが、劉備の生まれまでたどり着くにはどれくらい間に人がいるのか、次にここを少し詳しく説明しましょう。


劉備の祖とは?

魔のトリオ攻撃が劉備を追いつめる!07 蔡瑁、劉備

 

あくまで自称ではありますが、劉備は前漢の景帝の第九子、中山靖王である劉勝(りゅうしょう
)
の庶子である劉貞の末裔です。景帝の父親は文帝といい、この人物が劉邦の四子となります。しかしこの劉勝の子供というのがとてもややこしいのが問題。

 

土いじりをする劉備

 

劉勝には子供、孫まで含めてなんと120人以上もの子孫がいるのです。これは子孫を多く持ち、後継者を多く育てることが目的でもあったようです。ですが子孫が多くなったことで分家が増えてしまい、劉備のように出自が分かりづらい状況を生み出してしまったようです。後継者問題はどこも難しいことが良く分かる状態ですね。では次にその劉貞(りゅうてい)についてご説明しましょう。


劉貞とはどんな人物だったのか?

キングダムと三国志 信と曹操のはてな(疑問)

 

劉貞に関してですが、実は彼に関しては途中で系譜が止まっているのです。というのも劉貞には爵位が与えられていたようですが、漢王朝への上納金を治めなかったので解任され、そこから彼の系譜は正史から消されてしまいます。このためここから正式な劉貞の記録はなくなり、歴史からは消えてしまいます。

 

公孫瓚と劉備

 

ただし前述したように劉貞以外にも分家は多く、劉の性を名乗っているということで「漢王朝の末裔」を名乗れる状態ではあったようです。そしてこの「漢王朝の末裔」であるということが、劉備にとって非常に大きなメリットへと後々続いていきます。


漢王朝の末裔であるという主張について

皇帝に就任した曹丕

 

劉備が漢王朝の末裔であるという主張が一番輝いたのが、漢中王を名乗った時です。魏の曹丕(そうひ)が禅譲された時に、本来は劉備は曹丕に追従しなければいけない立場になりました。しかし当然ながら曹丕の臣下になるなんてまっぴら……ではどうするかというと、曹丕と同じ立場になることでこの問題を解決したのです。

 

蜀の皇帝に即位した劉備

 

これこそ劉備が漢王朝の末裔であると、自称であるとは言え主張していたことで漢中王から皇帝をスムーズに名乗り、あくまで漢王朝の後継者である魏と対立を続けられました。この場面ほど劉備が漢王朝の末裔であるという主張が輝いた瞬間はないでしょう。

 

張飛と劉備

 

また劉備は後ろ盾という存在があまりないので、それを踏まえて漢王朝の末裔を名乗っていたのかもしれませんね。自分の性を最大限に使うこの振る舞いは、劉備のしたたかさの表れ。筆者はこの善性だけで語られる劉備にはない、魅力的な一面であると思います。個人的にはただ漢王朝の末裔であるという主張だけでなく、それを利用している頭の良さを描いている劉備をもっと見てみたいですね。

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

今回は劉備とその生まれについて調べてみました。ですがはっきりしたのはどちらかというと、劉備と漢王朝のつながりに関してはやや関係が希薄、ということでしょうか。実際に漢王朝の末裔といっても劉備が何かしたような場面は少なく、むしろ貢献しているのは長年簒奪者と言われている曹操の方ですからね。

 

法正と劉備

 

しかし英傑は出自で決まるものではありません、庭に美しい花が咲いていてもその美しさがどこから飛んできた種なのか探ってから褒めるのは詮無き事です。むしろ個人的には己の出自さえも利用して群雄割拠の時代に台頭した劉備……そんな劉備の姿にも、筆者は英傑の魅力を感じました。

 

参考文献:蜀書先主伝

 

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