【残念】長坂橋を落とした張飛は戦略的には役に立っていなかった?

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長坂橋を落とした張飛(1P目)


兵を失った劉備は江陵を諦めた

劉備に重く採用されなかった龐統

 

劉備にしても⑫では、江陵への道を外れて漢津(かんしん)に到着し、そこで関羽の軍勢に遭遇しています。これはもう手勢がいないので、江陵に入城しても曹操を防ぐ事が出来ないと見切りをつけて、むしろ江夏に向かい劉琦を頼り兵を借りようと思考を切り替えた可能性があります。もはや江陵に籠って反曹勢力の立ち上がりを期待できるチャンスは潰えていたのです。


三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

多数の曹操軍をものともせず、難しい退却戦を戦い抜いた張飛はもちろん立派です。しかし、張飛の武勇が曹操に劉備の追撃を断念させたかというとそれは疑問符がつきます。

曹操

 

むしろ曹操の目的は、劉備軍を潰走させた時点で達成されていて劉備を討ち取る事は、あわよくば程度だったのではないかと思えるのですが、皆さんはどうお考えですか?

 

参考文献:正史三国志

 

関連記事:長坂の戦いで趙雲に討たれた張郃とはどんな人?

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【劉備と蜀漢に忠誠を誓った闘将・魏延】
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コメント

  • コメント (2)

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    • 匿名
    • 2020年 5月 21日

    張飛の長坂橋のエピソードがどの時点かによりますね
    ここでは⑫の後になってますが演義(と蒼天航路)を読む限りでは⑩での出来事って事になってます
    ⑩のときには疲れていてもやる気満々な五千騎そのままですし、⑫の後なら仰る通りだと思います

    • 匿名
    • 2020年 5月 20日

    小勢の劉備が江陵へ行っても普通に城兵に捕縛されるだけですしね。
    彼らは曹操に降伏した劉琮の家臣たちであり、劉備の味方では無いので。
    もっとも江陵の劉琮軍は赤壁・烏林で敗退、船団を焼かれて事実上壊滅してしまいますが。


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