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この記事の目次
ナポレオンの強さ4 容赦のなさ
フランス革命以前の欧州の戦争は、王位継承戦争のようなヘビーなヤツもありますが、基本的には陣取りゲームでした。それぞれが商業地や穀倉地帯の支配を狙って一戦し負けた方が領土を割譲したり賠償金を支払い、それで終わりです。
そもそも、欧州の王室なんて祖父の代までさかのぼれば、大体どこも親戚なので、相手が滅びるまで戦争を継続する事なんかありませんでした。しかし、ナポレオンは王族ではありませんし、圧政者を倒し抑圧された人民を救うという大義名分で戦うので、予定調和も容赦もありません。
この当時は、敵が敗北して退却するともう戦争は終了でしたが、ナポレオンは退却する敵軍を全滅させるチャンスとみて執拗に追撃し、度々勝利を挙げていました。
敵からすれば、
「いたい!いたい!もうやめろ、よく見ろ退却してんだろてめー!くっそー、ルールも無視するなんて、フランス人はどこまで野蛮な連中なんだ…」
みたいに、戦う事自体が嫌だったかも知れません。
1~4が失われた時ナポレオンの没落が始まる
このように欧州最強だったナポレオンですが、どうして彼は没落したのでしょう。答えは簡単で、1~4の強さの秘密を全て失ったからです。
第1の国民皆兵は、特にフランスにコテンパンに負けたプロイセンが研究します。すなわち、奴隷状態の農民の待遇を善くし、貴族によるリンチが常態化していたプロイセン軍の軍制改革に取り組んだのです。一連の改革でプロイセン軍の士気は高まりフランスに対抗できるようになります。
第2の革命の輸出はナポレオンが皇帝となり、占領した各地に近親者を王として送り、占領国に対して、フランスに有利な条約を結ばせると、各国の人民はナポレオンに失望、フランス軍を侵略軍と見なして非協力的になり、各地でゲリラ活動を開始します。
第3の機動力は、各王国の軍隊の改革で差が無くなり、また、これまで得られていた敵国民の協力がなくなる事で、物資調達もうまくいかなくなりフランス軍に息切れが起ります。
そして、第4はナポレオンに散々にやられた諸国が、倍返しに出た事でナポレオンの没落に拍車が掛かっていき、ついにはナポレオンは玉座から引きずり下ろされエルバ島に流されてしまうのです。
世界史ライターkawausoの独り言
ナポレオンの革命輸出は彼の没落後も続き、欧州人民は自由と平等を求めて、各地で革命を起こし、欧州の王国が続々と倒れていく事になります。こうして、フランス革命により誕生した国民主権国家は、その後2世紀の間に世界中に波及していく事になるのです。
参考:Wikipedia
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