歴史的冤罪事件「ドレフュス事件」とは?人種差別がフランスを二分した古くて新しい問題

2022年7月28日


オンライン授業の講師を務めるkawauso編集長

 

ドレフュス事件とは1894年第三共和政のフランスでユダヤ系のドレフュス大尉がドイツのスパイの嫌疑を掛けられ逮捕された事件です。大尉は無罪を訴えますが軍法会議で有罪となり南アメリカのギアナ沖合にある悪魔島(あくまとう)へ無期流刑となりました。

 

しかし軍の調査は杜撰そのもので、ドレフュスはユダヤ人だからという理由で逮捕された事が発覚、フランスは国論を二分して大騒ぎになります。今回は歴史的冤罪事件「ドレフュス事件」を解説します。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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1894年秋、ドレフュス大尉スパイ容疑で逮捕

ジェームズ・カワポン kawauso

 

事件は1894年夏、フランス参謀本部の諜報部がドイツ大使館に送り込んでいたスパイが盗み出したメモの中にフランス陸軍の誰か宛てに書いたと思われる機密情報を見つけた事から始まります。

 

そのメモには「Dの奴が」という情報提供者らしいフランス陸軍の人名のイニシャルだけがありました。

 

驚いた参謀本部は直ちに犯人探しに乗り出したところ、参謀本部付きの砲兵大尉アルフレッド=ドレフュスが捜査線上に浮かびます。しかし、ドレフュスは傲岸不遜(ごうがんふそん)で人と慣れ合わない変わり者ではありましたが、生活は真面目そのもので借金を背負っている様子もありませんでした。

 

ところが、参謀たちはドレフュスがアルザス生まれのユダヤ系フランス人である事を理由に強引にドレフュスを犯人に結び付けます。フランスでは伝統的にユダヤ人を、キリストを裏切ったユダの子孫、信用ならない拝金主義者と差別する風潮があり、これが参謀たちの目を曇らせました。

 

そして、極秘にドレフュスの筆跡を取り寄せて機密のメモと比較すると鑑定士はMatch(一致している)と断定。1894年10月13日、ドレフュス大尉は参謀本部に出頭した所を反逆罪で逮捕されました。

 

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軍籍を剥奪され悪魔島へ収監される

はじ三新聞(書類)

 

ドレフィス大尉は無罪を主張しますが、事件をスクープした反ユダヤ系新聞が「ユダヤ人の売国奴逮捕される」と大々的に報道。

 

これが陸軍の判断の追い風となり12月の裁判で有罪が確定。ドレフュスの軍籍は剥奪され1895年1月5日陸軍練兵場においてドレフュスの徽章は剥ぎ取られ目の前で軍刀をへし折られる不名誉を味わいます。

 

「愛国者に対してなんたる侮辱!兵士諸君!私は無実だ!共和国万歳!陸軍万歳!」

 

朝まで三国志201 観客2 モブでブーイング

 

ドレフュスは声の限りに叫びますが、その声は練兵場に押し寄せた群衆の「ユダヤ人!売国奴!ドイツのスパイを殺せ」の怒号にかき消されました。

 

こうしてドレフュスは、筆跡鑑定人の評価とイニシャルがたまたまDであるという2つの証拠だけで終身刑を言い渡され、南アメリカのフランス領ギアナ沖合にある監獄「悪魔島」に収監されます。

 

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ピカール中佐が冤罪を訴えるも隠蔽される

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事件から数ヶ月後、新たに参謀本部情報部長となった41歳のジョルジュ=ピカール中佐は別のルートからフェルディナン・ヴァルサン=エステラージ―という少佐がドイツ大使館の諜報部員と連絡を取っている事を突き留めます。

 

ピカールは極秘に再調査を開始しエステラージ―の筆跡を入手、以前の筆跡鑑定人に見せるとメモと同一だと答えました。

 

ドレフュスの無罪を確信したピカールは、その結果を上司のボワデッフル将軍とゴンス将軍に報告しますが上層部は軍事裁判の権威を守るためという名目で報告を握りつぶし、ピカールを情報部局長から解任しチュニジアへ転属させました。

 

しかし、ピカールは良心の呵責(かしゃく)に耐えられず軍の圧力をはねのけ、1897年に旧友の弁護士ルイ・ルブロアへドレフュスが無実である事や陸軍が真実を隠蔽している事を告げます。

 

ルブロア弁護士はドレフュス事件を担当した弁護士であり、彼から上院副議長オーギュスト・シュレール=ケストネールへ真実が伝えられドレフィス裁判の再審へ向けた動きが生まれました。

 

ピカール中佐は軍に対して不利な情報を流した事でにらまれ、1998年から99年にかけてサンテ監獄とシェルシュ=ミディ監獄で11か月拘留されました。こうして、ドレフュス事件はフランス史上最大の冤罪事件としてフランスの世論を二分する大論争を引き起こします。

 

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作家、エミール=ゾラが大統領を告発

 

その後、1898年エステラージ―が軍事裁判にかけられますが、何としてもドレフュスを有罪にしておきたい陸軍はエステラージ―を無罪にします。真犯人であるエステラージ―はこれ幸いと国外へ逃亡しました。

 

この事態を受けて共和主義と自由主義で知られるジャーナリスト、クレマンソーが主宰する「オーロール」紙が1898年1月13日フランスの国民的作家エミール=ゾラの署名でフォール大統領宛ての公開書簡の形で「余は弾劾(だんがい)す」と題する記事を掲載します。

 

それはドレフィスの無罪を主張し、陸軍当局が証拠をでっち上げたこと、上層部がでっち上げを謀議した事、軍事裁判も真犯人を秘匿した事を激しく告発していました。

 

これに対し、フランス右派や反ユダヤ新聞が激しく反論、ゾラは軍に対する誹謗中傷の罪で告発されます。ドレフュス事件の再審を狙ったゾラの行動でしたが結果はフランス世論の反ユダヤ感情の根強さを暴露しただけでした。

 

ゾラも裁判で有罪となり、言論活動ができなくなる事を恐れてロンドンに亡命。再び、ドレフュス事件は闇に葬られました。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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