蔡邕と似た顔の男【三国志プチ雑学】


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董卓

 

高名な学者であった蔡邕は、董卓に無理矢理仕官を命じられましたが、董卓が討たれた時には、顔色を変えて慟哭し、董卓を暗殺した王允に怪しまれて殺害される憂き目にあいました。しかし、蔡邕の人気は高かったそうで、死後も讃えられています。

 

腐れ儒者気質な孔融

 

孔子の子孫にして奇人として名高い、孔融は献帝の宮廷を守る虎賁に蔡邕と似た顔の男を見つけ、酒が熟した頃には必ず呼んで酒を楽しみ蔡邕はいないが、なお、その教えは残ると答えたそうです。ところで、この蔡邕、非常に特徴的な顔をしていて、董卓の宮廷を捨てて逃亡しようと考えた所が友人に、「あなたは非凡な顔をしていて、どこに行っても人が集まるのにどうやって身を隠せるのか?」と止められ断念したそうです。

 

だとすると、この虎賁の士もとても特徴的な顔をしていて以前から蔡邕に似ていると噂になっていたのかも知れません。また、孔融のような知識人がわざわざ酒を飲もうとするあたりこちらの虎賁も、ただの勇猛果敢な人ではなく、もしかしたら蔡邕に連なる家の出で学識があったかも知れません。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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