合戦場での睡眠の取り方は?【戦国時代の大疑問】

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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暗殺(寝ているシーン)モブ

 

映画や大河ドラマで目にする事が多い戦国時代の合戦シーン。しかし、逆に戦国武将が眠っている姿は夜襲のシーンの僅かな時間しか描写されないものです。そもそも戦場で武将や足軽はどうやって睡眠を取っていたのでしょうか?

 

 

濠を巡らし土塀を築いて陣城を造る

軍議(日本史)モブa

 

 

戦国時代には奇襲も朝駆けも当たり前になっていたので、もちろん無防備にキャンプを張るわけにはいきません。野戦で入城できる城がない時には、野営地の周辺に濠を巡らし、簡単な土塀を築いて、その内側に幔幕を張り、死角になりそうな場所に見張りを配置して寝ていました。このような簡易な陣地を陣城と呼んでいます。近くに民家などがあれば接収して陣地とし総大将や旗本クラスは、床の上で寝たりしたようです。

 

 

 

基本は鎧兜を脱いで寝る

幕府の旧式軍隊(兵士・モブ)

 

 

戦国時代の武将や兵は、状況が緊迫化している時には、鎧兜をつけたまま寝る事もありましたが、それ以外は重い甲冑を脱いで小袖などに着替えて寝ていたようです。用意がよい足軽などは、藁を集めてきてその中で寝て、なにもない場合は板の上で寝たとか…ただ地面に直接寝ると体温を奪われ病気になる事が多いのでなんらかの物を体の上に敷いて寝るようにはしていたようですね。

 

 

睡眠はちゃんと取っていた

迷信を恐れる織田信長

 

 

当時は睡眠についてはちゃんと取るようにしていました。寝不足は警戒心を鈍らせるだけではなく、病気になったり負傷した時に傷の治りが悪いなどデメリットが多いのです。戦場でよく眠れるなとも思いますが、鎧を着ての進軍は激しい肉体労働であり、多くの兵士は食事を済ませて床につけば朝まで泥のように眠っていたようです。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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