世界最古の長編小説「源氏物語」その主人公は美貌のプレイボーイ光源氏です。しかし、この光源氏、冷静に観察してみるとクズもクズの最低男。どうしてこんなクズ男の恋愛遍歴が21世紀まで読み継がれるのか不思議なほどです。しかし、そこには光源氏を引き立たせ悲劇の主人公にする、著者紫式部の説得力溢れる文章構成がありました。
源氏の永遠の恋人 藤壺
光源氏は時の天皇、桐壺帝とその寵妃、桐壺更衣の間に誕生します。しかし、桐壺更衣は源氏が3歳の時に若くして病死。最愛の妃を失った帝は塞ぎこみますが、その時、亡き桐壺更衣にそっくりな藤壺の噂が帝の耳に届きます。ここで藤壺がホイホイと宮中に上がるならば、ご都合主義で源氏物語は凡作になったでしょう。しかし、ここが紫式部の上手な所で、藤壺の周囲の人々に宮中は権力闘争が激しく、愛憎が渦巻く場所だから行かない方がいいと言わせているのです。
一番熱心な反対者は藤壺の母で、藤壺も「いかない」と決意を固めていましたが、この母が矢先に病死してしまいます。身寄りを失ってしまった藤壺はまだ14歳、今後、自分がどうなるか分からず気持ちが揺れ動いている所に、桐壺帝の熱心な恋文が届くのです。
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生母の死でよろめく藤壺
生母との関係が切れて、心細く気持ちがフラフラしている時に、熱心なラブコールが届く、このせいで藤壺は(帝の妃になれば生活も保障されるし、愛してくれてもいるのだから)と入内を決意します。女性の皆さんは、元彼とひどい別れ方をした後、声をかけてくれた男性に、なんとなく心を惹かれ付き合ってしまった経験がある方も多いでしょう。紫式部はそんな女心を心得ていて、絵空事になりがちな話の内容にリアリティを与えたのです。
義理の母を寝取る光源氏もリアル描写
入内した藤壺は14歳、光源氏は9歳でした。後に光源氏は義理の母である藤壺に激しい恋心を持ち、親子の一線を越えて関係し藤壺は光源氏の子を孕みます。 しかし、この事実は伏せられ、生まれた子供は後に冷泉帝として即位。源氏は准太上天皇の称号を贈られます。
これだけ見ると、光源氏や藤壺のインモラルさが強調され、感情移入できなくなりますが、源氏物語では、これも巧妙に脚色されます。3歳の時に母を失った光源氏は母の面影を知らず、藤壺にも特に懐いていなかったのですが、桐壺帝が源氏に藤壺は亡き母と瓜二つである事を何度も言い聞かせ、そのうちに源氏も藤壺を実の母と重ねて見るようになり、次第に懐いていく設定になっています。
藤壺と光源氏は容貌が美しく、宮中でも評判になり、次第に2人で居る事が自然になっていきます。一方で源氏は少年から大人になっていき、藤壺への思慕が狂おしいほどの恋愛感情に変化していき、妻の葵の上を迎えても心ここにあらずで、いつまでも藤壺を思い続けます。そして藤壺が出家し源氏との関係を拒絶した後も、藤壺の面影を持つ女性を次々と好きになる浮気男へと変貌していくのです。
因果応報論で光源氏を悲劇補正
光源氏は最低男ではありますが、その切っ掛けは源氏が造ったのではなく、外ならぬ父、桐壺帝が造ったのです。またプレイボーイの源氏はやりたい放題で話が終わるのかといえばそうではなく、二番目の妻である女三宮が、一方的に彼女に思いを寄せる柏木との強引な逢瀬の結果、不義の子である薫を産む因果応報も経験します。こんなわけで源氏は最低男ではありますが、そんな彼もまた犠牲者だよねという物語上の補正がなされているのです。
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