[1月11日は聖徳太子が冠位十二階を導入した日]古代日本の革命

2026年1月11日

編集体制の詳細を見る
kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

提供する掲載情報について

『はじめての三国志』は、複数の企業と提携し情報を提供しており、当メディアを経由して商品への申込みがあった場合には、各企業から支払いを受け取ることがあります。

ただし、当メディア内での商品評価に関して、提携の有無や支払いの有無が影響を及ぼすことはありません。また、当メディアで得た収益は、読者の皆様により役立つコンテンツ制作へ還元し、情報の正確性担保に努めています。

詳しくは 編集ポリシー をご覧ください。


17条の憲法を定めた聖徳太子

 

603年1月11日、聖徳太子が制定した「冠位十二階」は、日本初の公務員制度ともいえる画期的な仕組みでした。この制度は、家柄や血筋に関係なく才能や功績で役職が与えられるもので、階級は「徳・仁・礼・信・義・智」の6つの徳を基にした12段階に分けられていました。

 

なぜ導入されたのか?

当時の日本は豪族が権力を握り、国の運営に混乱をきたしていました。聖徳太子は中国の影響を受け、優秀な人材を公平に登用することで国力を高めようと考えたのです。この思想は「人材登用の公平性」を初めて意識したものとされています。

 

 

冠の色で一目瞭然!

階級ごとに冠の色が決まっており、たとえば最高位の「大徳」は紫色、次いで「小徳」は青色など、視覚的にその人の地位が分かる仕組みでした。このシステムは、のちの日本の官僚制度にも影響を与えました。

 

現代に息づく聖徳太子の思想

「能力主義」の概念は現代社会にも通じます。冠位十二階は、人を公平に評価しようとした聖徳太子の先進的な試みだったと言えるでしょう。

 

まとめ

聖徳太子が生み出した冠位十二階、その背景や影響をさらに掘り下げてみたくありませんか?彼の功績は、今の日本社会にも大きな影響を与えているのです!

 

▼こちらもどうぞ

[1月6日は日本初のケーキ宣伝された日]日本にケーキ文化が花開いた瞬間

 

 

はじめての三国志を、もっと読みたい方へ
Google検索であなたの優先ソースに登録しておくと、はじ三の記事が上位に出やすくなります。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事
はじめての三国志 プロフィール画像

はじめての三国志

「ゆるく、たのしく、わかりやすく」をコンセプトにした 歴史エンタメメディアです。
(®登録商標:第5800679号)

-外部配信