切り裂きジャックといえば、猟奇的連続殺人犯の代名詞です。実際にはジャック以前にも猟奇的殺人犯はいましたが、切り裂きジャックほど事件がセンセーショナルに扱われ、世界中に報道され、多くの映画、ドラマ、小説、演劇に影響を与えた事件はないでしょう。そして、切り裂きジャックの知名度を不動にしたのが、事件から135年経過した現在でも犯人の正体がつかめていない事です。では、どうしてジャックは捕まらなかったのでしょうか?
世界最悪の貧民街の存在
切り裂きジャックが捕らえられなかった大きな理由として、事件が起きたロンドンのイーストエンド、ホワイトチャペル地区の環境が大きく影響しています。19世紀の半ば、アイルランドではジャガイモ飢饉が発生、100万人が餓死し、土地を捨てたアイルランド系移民がロンドンのイーストエンドを始めとする主要都市に流れていきました。
また、1882年からはロシアなど東欧や他の地域での迫害から逃げてきたユダヤ人難民が流入。イーストエンドにあるホワイトチャペル教区の人口は過密状態となり1888年までに人口は約80,000人に増加しました。現在のホワイトチャペル教区が人口12000人なのを考えると、かなりの過密ぶりが分かります。こうしてホワイトチャペル教区は人口過密と劣悪な労働条件、貧困と最悪の住環境によりスラム街となり 強盗、暴力は日常茶飯事、アルコール依存症も蔓延しました。特に難民で、手に職を持たない多くの女性たちは生きていくために体を売る事を余儀なくされます。
当時のロンドン警視庁の推計では、1888年10月のホワイトチャペルに62の売春宿と1,200人の売春婦が働き233の簡易宿泊所には毎晩約8500人が寝泊まりしていました。この悲惨な環境の中で1888年に起きたのが切り裂きジャック事件だったのです。
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切り裂きジャック以外の猟奇殺人も同時期に起きていた
現在の研究では、切り裂きジャックが関係した殺人事件は5件だと言われています。しかし、当時のホワイトチャペルでは1888年4月3日から1891年2月13日までに5件をはるかに超える11件の殺人事件が発生し、ロンドン警視庁が捜査していました。当初、警視庁は、これらの事件の犯人を全て切り裂きジャックと考え、「ホワイトチャペル殺人事件」と一括りに呼んでいますが、現在ではカノニカル・ファイブと呼ばれる5件が切り裂きジャックの犯行で、それ以外は別の凶悪犯の仕業だと考えられています。およそ3年間に11件の殺人事件が起きる程、ホワイトチャペルは危険な都市だったのです。
売春婦ばかりが狙われたのが捜査を鈍らせた
切り裂きジャックが狙ったのは、スラムでも一番立場が弱い売春婦ばかりでした。客のふりをして近づき、人目を避けて暗がりに入った所で喉を切り裂いて殺し、それから腹部を裂いて内臓を引きずり出し、顔を切り刻むという残忍な犯行が繰り返されたのです。
犯行はいつも日曜か祝日の夜であり、しかも人目につかない場所で実行されたので、切り裂きジャックの姿を見たものは誰もいませんでした。そして難民の売春婦という立場の弱さが警察の捜査を遅らせました。立て続けに殺人事件が起きて、メディアが騒ぎだしてからロンドン警視庁も本腰を入れ始めたものの、切り裂きジャックは3ケ月で5件の殺人を犯した後、事件の反響を恐れてか姿を晦ましたのです。
前近代的だった捜査手法
ロンドン警視庁が切り裂きジャックを捕らえられなかった理由には、前近代的な捜査手法もあります。当時の警視庁は物的証拠や目撃情報、聞き取りなどに重点を置いていて、指紋鑑定、血痕分析、死体解剖、弾痕調査のような科学捜査を取り入れていませんでした。そのため捜査の旧式さがメディアで批判の対象となり、死体解剖や指紋採取のような科学捜査が切り裂きジャックの事件後に取り入れられていきます。
また、メディアが警察の無能を叩き、庶民が警察に不信感を抱いている時に登場したのが、有名なコナン・ドイルのシャーロックホームズシリーズでした。ホームズは物的証拠や聞き取り、目撃情報だけではなく科学捜査を折り込む事で事件を解決していき、その近代的なスマートさが読者に受けて大ヒットしたのです。
切り裂きジャックの背景
切り裂きジャックは、ただの猟奇殺人者ではなく、当時のホワイトチャペルのスラム街の貧しき売春婦を殺しても、警察はまともに捜査せず事件は大騒動にならないと計算して犯行に及んだ卑劣な知能犯でした。そして、残念にもそれは的中してしまうのですが、切り裂きジャック報道の中で、ホワイトチャペルの劣悪なスラム街に対する非難がイギリス中で巻き起こり、当局はスラム街を整備しました。そのお陰で住環境は改善し、以前のような犯罪が減少したのは切り裂きジャック事件のせめてもの慰めと言えるのでしょうか?
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