[12月26日は日産自動車誕生]日本の自動車産業を変えた設立秘話

2025年12月26日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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自動車(クラシック)に乗るkawausoさん

 

1933年12月26日、日産自動車が誕生しました。当初は「日本産業株式会社」の略として名付けられた「日産」ですが、その後、日本の自動車産業を牽引する存在に成長。設立時には自動車だけでなく、部品製造や鉱山業も手がけていたのです。

 

初のモデルはアメリカからインスパイア

日産が初めて発売した車は「ダットサン」。この名前は「脱サン(日の丸=日本)」と誤解されがちですが、実際には前身企業の「DAT自動車」が由来です。ダットサンは軽量で手頃な価格を追求した車で、日本の庶民に愛されました。

 

電気自動車の先駆け!

意外にも、日産は1947年に電気自動車「たま電気自動車」を開発。戦後のガソリン不足を背景に作られたこの車は、現在の日産リーフへと続く電動車の基盤となりました。

 

世界が注目する技術力

日産は「GT-R」や「フェアレディZ」などの名車を生み出し、モータースポーツでも大きな成果を上げています。近年では、自動運転技術「プロパイロット」が世界的に評価されています。

 

 

まとめ

日産自動車の歴史は、日本のものづくりの精神と挑戦の物語そのもの。次に日産車に乗るとき、その背景にあるドラマを感じてみませんか?

 

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