

ナポレオン・ボナパルトと言えば、そんなに世界史に詳しくなくても知らない人はいないフランスの英雄です。その生涯勝率は9割ともされ軍事の天才の名をほしいままにしたナポレオンですが、では、彼の強さの秘密はどこにあったのでしょうか?
この記事の目次
ナポレオンの強さ1 国民軍
フランス革命当時、欧州諸国が保有した軍隊は、ほとんどが傭兵か、そうでなければ庶民を棍棒で殴って失神させ拉致してきたような士気の低い兵士ばかりでした。
元々は、フランスもそうでしたが、革命が起きてルイ16世が処刑される事態になると、軍を統率していた貴族の将校たちは、革命を恐れ国外に逃げてしまいます。
王政フランス軍は国王の所有物で、国民を守る為に存在するわけではないので当然でした。一方で、国王処刑のニュースに触れたフランスの周辺国は、革命が自国に波及する事を恐れ、共和国フランスに宣戦を布告して、大挙して攻め込んできたのです。
困ったフランス革命政府は、貴族が所有していた土地を人民に分け与えて国家非常事態を宣言し「革命を守る為、フランス人民よ武器を取れ!」と呼びかけました。
「もし、革命が潰れれば逃げた貴族が舞い戻り、折角得た俺達の土地が奪われる!」
そう思った人々は呼びかけに応え自ら武器を取り、フランス軍に続々志願したのです。
これが世界で初めての国民軍の誕生で、お金の為や貴族に脅されて渋々戦う、王国の軍隊とフランス軍では最初から戦闘力に大きな違いがあったのです。
ナポレオンの強さ2 革命の輸出
ナポレオンの強さの2つ目は、フランス革命の輸出にあります。フランス革命は人民を搾取する王や貴族、聖職者を打倒して人民を解放する事がスローガンでした。フランスの三色旗のシンボルである、自由、平等、同胞愛です。
そして、当時の欧州は、どこでも王政であり、人民は多かれ少なかれ、俺達は搾取されていると感じていました。
そこにナポレオンが解放軍としてやってきたらどうなるでしょう?
はい、そうです。他国の人民はフランス軍の為に、物資を提供して援助しました。
かたや人気のない王国軍に人民はそっぽを向き非協力的なので、王国軍はやむなく重い物資を背負い、のろのろと行軍するしかありません。ナポレオンの軍隊は敵国人民の支持を得て、身軽に迅速に動き、動きの鈍い王国の軍隊に連戦連勝したのです。
ナポレオンの強さ3 機動力
ナポレオンが強かった理由の3つ目はその機動力の高さです。最初に述べたように、フランス軍は国民軍であり、兵士には土地を守る為に戦うという強いモチベーションがありました。
だから、上官の命令もよく聞き、当時の王国の軍隊では絶対にできない、駆け足、雨や雪の中の進軍、夜中の進軍をこなし、露天で眠る事になっても文句を言いませんでした。これは、今では当たり前ですが18世紀には革命的な事であり、当時の王国の軍隊は夜間行軍をすれば兵士は逃げ、雨が降ると進軍を嫌がりました。
また、当時の戦争は予定の戦場に、軍隊がわらわらと集まってから開始されます。つまり、フランス軍は敵が集まる前に戦場に素早く集結して休憩を取り、敵がダラダラと集まりだしたら、一気に機動力を駆使して動き回り、これを難なく撃破していたのです。
それに、当時のフランス軍には身分制がなく平等なので、手柄を立てれば兵卒から将軍になるのも夢ではありませんでした。そのため若く才能と野心がある貧しい人々が大勢志願し、質も高くなっていました。
ナポレオンの強さ4 容赦のなさ
フランス革命以前の欧州の戦争は、王位継承戦争のようなヘビーなヤツもありますが、基本的には陣取りゲームでした。それぞれが商業地や穀倉地帯の支配を狙って一戦し負けた方が領土を割譲したり賠償金を支払い、それで終わりです。
そもそも、欧州の王室なんて祖父の代までさかのぼれば、大体どこも親戚なので、相手が滅びるまで戦争を継続する事なんかありませんでした。しかし、ナポレオンは王族ではありませんし、圧政者を倒し抑圧された人民を救うという大義名分で戦うので、予定調和も容赦もありません。
この当時は、敵が敗北して退却するともう戦争は終了でしたが、ナポレオンは退却する敵軍を全滅させるチャンスとみて執拗に追撃し、度々勝利を挙げていました。
敵からすれば、
「いたい!いたい!もうやめろ、よく見ろ退却してんだろてめー!くっそー、ルールも無視するなんて、フランス人はどこまで野蛮な連中なんだ…」
みたいに、戦う事自体が嫌だったかも知れません。
1~4が失われた時ナポレオンの没落が始まる
このように欧州最強だったナポレオンですが、どうして彼は没落したのでしょう。答えは簡単で、1~4の強さの秘密を全て失ったからです。
第1の国民皆兵は、特にフランスにコテンパンに負けたプロイセンが研究します。すなわち、奴隷状態の農民の待遇を善くし、貴族によるリンチが常態化していたプロイセン軍の軍制改革に取り組んだのです。一連の改革でプロイセン軍の士気は高まりフランスに対抗できるようになります。
第2の革命の輸出はナポレオンが皇帝となり、占領した各地に近親者を王として送り、占領国に対して、フランスに有利な条約を結ばせると、各国の人民はナポレオンに失望、フランス軍を侵略軍と見なして非協力的になり、各地でゲリラ活動を開始します。
第3の機動力は、各王国の軍隊の改革で差が無くなり、また、これまで得られていた敵国民の協力がなくなる事で、物資調達もうまくいかなくなりフランス軍に息切れが起ります。
そして、第4はナポレオンに散々にやられた諸国が、倍返しに出た事でナポレオンの没落に拍車が掛かっていき、ついにはナポレオンは玉座から引きずり下ろされエルバ島に流されてしまうのです。
世界史ライターkawausoの独り言
ナポレオンの革命輸出は彼の没落後も続き、欧州人民は自由と平等を求めて、各地で革命を起こし、欧州の王国が続々と倒れていく事になります。こうして、フランス革命により誕生した国民主権国家は、その後2世紀の間に世界中に波及していく事になるのです。
参考:Wikipedia
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