こんなに厳しい!三国志の時代の宴会のマナーが超複雑




劉備 食客

 

中国人は、もてなしが好きで、客が来ると毎日宴会漬けというのも、

珍しくはないですが、そこは礼の国だけあり、宴会マナーにはうるさいです。

このマナーは、第一には招待してくれた主催者に恥をかかせない事、

そして、第二には来客に恥をかかせない事でした。

宴会マナーのルールブックは礼記(らいき)の曲礼(きょくれい)という

書物にありますが、今回は、その内容をご紹介しましょう。

 

関連記事:甘寧や袁術もびっくり!実は大事にされた料理人(厨師)

関連記事:1800年前に呂布がビーフバーガーを食べていた?気になる漢時代の食生活




食べないなら、出来るだけ後ろに座り、飲み食いするなら食案にくっつけ

三国志 英雄たちの宴

 

これは食事をしないなら、部屋のはしっこに座って、年長者や上役が

部屋の中で動きやすいように配慮しなさいという意味です。

そして食事をする時には、できるだけ食案(食卓)にくっつき、

食べ物を落とす事がないように気をつかいなさいと言っています。

 

また、当時の料理は、今のような回るテーブルではなく、

来客一人一人に、お膳で出されていました。

少し前の日本の宴会に近い感じなんですね。




食事が運ばれたら起立、目上の人が入ってきても起立で迎える。

徐庶と出会う劉備

 

宴会が始まり、メインになる料理が運ばれると、

客は起立して、敬意を示さないといけませんでした。

 

三国志の時代、椅子とテーブルはまだ普及していないので

客は筵(むしろ)を敷いた、床の上に座っていましたから、

何度も立ったり座ったりは、結構面倒臭いです。

また、目上の人がやってきても、一同は起立して尊敬の意を表します。

気がつかないでガツガツ食べると軽蔑される羽目になります。

 

 

食事を目上の人に譲られたら、食後に唾を吐いてはいけない

陳平
もし、目上の人に食事を勧められたら、それを食べた後で、

唾を吐いてはいけません。

これは、勧められた食事が不味いと誤解される事を防ぐ為です。

 

 

食事を並べ終わったら、まず食事が出来る事を感謝する祭を行う

張良㈭ 広武山決戦編02 劉邦

 

ここは、今とはだいぶ違いますが、当時は宴会の食事を並べ終わると、

主催者が客に、「食の祭を行うように」と促しました。

食の祭とは、食べ物を開発してくれた先祖に感謝して、食べ物や酒を

先祖に捧げる儀式の事を意味しています。

やりかたは、並べられた料理を食べる順番に少しずつ取って小皿に並べ、

祈りをささげ、酒は床に置いて、同じように祈ります。

 

なんだか面倒くさいですが、飢餓が隣り合わせだった時代、

宴会でお腹いっぱい食べられるというだけで、それは神に感謝すべき

素晴らしい事だったのです。

【次のページに続きます】




次のページへ >

1

2>

関連記事

  1. 孔明と司馬懿
  2. 建業を捨てて武昌に首都移転する孫皓
  3. 劉姫

    はじめての変

    曹操の妻はどんな人達だったの?13人を紹介 Part2

    曹操の13人の妻を一挙公開! その2です。…

  4. 陳宮
  5. 呉蜀赤壁の戦い
  6. 司馬懿、張コウ

コメント

  • コメント (1)

  • トラックバックは利用できません。

    • 匿名
    • 2020年 5月 24日

    中国の宴会マナーの記事、大変面白かったです
    礼節を重んじる作法の一つ一つにある理由は、現在にも通じる普遍なもの、相手への敬意と思いやりがあらのでしょうね


はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

3冊同時発売

“脱税の歴史

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"

ASMR

PAGE TOP