【授業に出るかも】正史三国志と三国志演義の違いは何?

2016年9月6日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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三国志 英雄たちの宴

 

三国志は古代中国で行われた三国の争いを記した書物です。

三国とは魏・呉・蜀の三つの国のことですが、

この争いを記した正史三国志と物語として書かれた三国志演義の違いとは

どのようなところなのでしょうか。

テストに出るかも知れないので、しっかりとポイントを押さえておきましょう。

 

関連記事:三国志は2つある!正史と演義二つの三国志の違いとは?

関連記事:正史『三国志』と言うけれど、正史って、なに?

 

正史三国志の作者

蜀の産まれ 陳寿

 

正史三国志と三国志演義の違いを知る前に作者を知っておきましょう。

ここはテストに出る可能性が高いのでしっかりと復習しておきましょう。

さて正史三国志の作者は陳寿(ちんじゅ)という人物です。

彼は蜀の家臣でしたが蜀が滅亡してしまいます。

そのため彼は魏の跡を継いだ晋に仕えることになり、

この国で歴史書を編纂するように命じられます。

彼は歴史書を編纂する仕事を与えられるとまず自分の国であった蜀の地方史と

丞相としてその名を各国に馳せた諸葛孔明の実績をまとめた物を作成。

 

司馬炎 はじめての三国志

 

これらを読んだ晋の皇帝である司馬炎(しばえん)は大いに彼の能力を認め、

魏・蜀・呉の三国の攻防を綴った歴史書を作るように命じます。

 

数年の歳月をかけて完成した正史三国志

陳寿029

 

陳寿は司馬炎から三国の攻防の歴史書を編纂するように命じられると早速情報集めを行います。

三国が滅んでからまだ数十年しか立っていないため、

三国の多くの遺臣達から話を聞きながら情報を集めるとともに、

各国に残っていた史書からも情報を集めます。

こうして数年の年月をかけて魏書・呉書・蜀書の三点からなる史書が完成。

これらの三書を合わせて後世三国志と呼ばれることになるのですが、

完成当時は文章の整合性が取れており読んだ人全員が彼をほめたたえます。

また陳寿と同時期に魏書の編集を行っていた人は、陳寿の三国志を読んで大いに驚嘆。

そのため自分が書いた魏書を破り捨ててしまいます。

非常に完成度の高い歴史書である「三国志」を作り上げた陳寿でした。

 

関連記事:司馬炎(しばえん)ってどんな人?三国時代を終わらせたスケベ天下人

関連記事:犬も食わない夫婦喧嘩が皇帝に持ち込まれた?司馬炎、感涙の名裁きとは?

 

余談に現在出回っているのは三国志に注訳をつけた裴松之の三国志

張飛 本 学問 三国志

 

余談ですが覚えていて損はないので、知っておきましょう。

正史三国志は非常に歴史的価値のある史書ですが、年表や記述が非常に短く記されているため、

どのような理由で○○が起きたのかが全くわかりませんでした。

そのため裴松之はこれら簡素に書かれている3巻の書物に注訳を付けることで、

後世にわかりやすく三国志を伝えようと考えます。

こうして彼は様々な三国時代の歴史書を拝見して、

出来事に注訳をつけていくことで三国志の時代に起きた出来事をより鮮明に知ることができます。

現在皆様が知っている三国志の主な出来事は裴松之が書いた三国志・注から抽出しているものが

主なものです。

 

関連記事:裴松之(はいしょうし)の神編集!異論反論ブチ込みまくりで三国志が激アツに!

 

三国志演義の作者とは

羅漢中

 

次は三国志演義を作った作者についてご紹介しましょう。

その名を羅貫中(らかんちゅう)と言います。

彼は元の中期から末期にいた人物であるとされておりますが、

一体どのような人物であったのかがほとんど記されていない謎の人物で、

名前のみしか分かっておりません。

ですが唯一彼の人柄だけが判明しており、

羅貫中と同じ時代を生きた賈仲明(かちゅうめい)という人が書いた

「録鬼簿続編(ろくきぼぞくへん)」と言われる書物で紹介しております。

賈仲明は「彼は太原出身の人で、彼が書いた物語は常に謎が隠されており、

今までにない物語で非常に新鮮な気持ちで読むことができる。

また人付き合いが苦手であったが、なぜか私とはウマが合い仲良くしていた。

しかし元が乱れたことがきっかけで彼がその後どうなったかわからなくなってしまった。」と記しております。

賈仲明の記録で出身地は太原とありますが、

ほかにも杭州(こうしゅう)の出身説や山東出身説などがありますが

どこがかれの本当の出身地であるのか確信が得られないため、

ほとんど謎の人物でありますが、

三国志演義を書いたのは事実として残っているので作者は羅貫中で間違えないであろうと思われます。

正史三国志と三国志演義の違い其の1:史実と創作物

 

劉備 黒歴史

 

正史三国志と三国志演義の違いは一体どのように違うのでしょうか。

まず正史三国志は史実に則っている書物であるため、

参考資料とした文献や参考にして裏付けができている証言を元にして編集しているため、

史実に残っていることしか書いておりません。

しかし三国志演義は三国志を知らない中国の人々に関心を持ってもらうために、

作られた大衆向けの娯楽物であった為、創作されている部分があります。

 

正史三国志と三国志演義の違い其の2:正統している国が違う

劉備 曹操

 

正史三国志は晋の時代に作られているものであるため、

陳寿は晋の前身である魏王朝を正統しており、

歴史書の内容は魏を悪く扱っている記述はほとんどありません。

また魏を正統としていることから蜀・呉をあまり持ち上げてはおりません。

もちろん史書なので正統である魏を持ち上げているのかと言われるとそんなこともなく、

あくまで客観的な視点で三国志を編集しております。

では三国志演義はというと、

この書物は蜀である劉備を正統としてることから非常に蜀を美化して描かれております。

 

曹操

 

また曹操を悪玉として描いていることから、

曹操にまつわるエピソードや魏の初代皇帝である曹丕(そうひ)などの

歴代魏の皇帝の事もよく書かれていません。

 

また魏を則った司馬家一族も曹魏と共に印象よく書かれていませんが、

呉は蜀の同盟国であったことから曹魏と司馬家に比べれは比較的に悪印象を持って描かれておりません。

また三国志演義が編集された時代背景も大きく影響を及ぼしております。

三国志演義が編集されたのは元の末期から明の初期にかけてですが、

元の時代の前時代である宋の時に朱子学(しゅしがく)が主流になります。

この朱子学を詳しく説明すると道がそれてしまうため割愛しますが、

簡単に言うと正統性を大事にする学問で、

宋が異民族である金に滅ぼされると朱子学は異民族と漢民族の差を強調して、

漢民族の正統性を訴えていくことになります。

羅貫中が生きていた時代は異民族王朝であった元と漢民族の王朝である明が入れ替わる時期であったこともあり、

これらの正統性が大事にされていたことが原因でその影響が大きく三国志演義にも反映。

劉備率いる蜀が漢王朝の正当な後継者で、

曹魏率いる曹操は漢王朝を簒奪した悪者として描かれていくことになります。

 

正史三国志と三国志演義の違い其の3:史実にはない物語が散りばめられている

桃園の誓012

 

正史三国志と三国志演義の違い其の1でもお話しましたが、

正史三国志には陳寿が作った創作的なお話は一切入っていない純粋な史書です。

そのため今日でも陳寿が書いた正史三国志は歴史的評価の高い書物であると

高い評価を受けております。

しかし三国志演義を書いた羅貫中は正史三国志・三国志・注を資料としておりますが、

史実7割・創作3割の割合で物語を構成している書物です。

そのため三国志演義に出てくるエピソードは大体が創作物です。

その一例を挙げると三国志の一番最初の見せ場である

劉備関羽・張飛の三人が義兄弟の契りを交わした桃園の誓の場面です。

彼らは桜の木の下で語り合って酒を酌み交わした後、誓を立てるというお話で、

三国志を知っている人はもちろん知らない人でも知っている超有名なエピソードですが、

このお話は正史三国志に記載されておらず、創作上のお話です。

では正史三国志ではどのようにして三兄弟が生まれたのかというと、

彼ら三人は居酒屋で酒を飲んでいた時にたまたま知り合って、語り合った後に意気投合して

義兄弟の契りを結ぶことになったそうです。

演義のような劇的な誓いを立てたわけではなく、

偶然知り合って息が合ったから義兄弟になったそうです。

 

孔明 東南の風

 

ほかにも赤壁の戦いで、

孔明が東風の風を巻き起こして場面や

孫呉の為に弓矢を100万本集めた話など創作物が描かれております。

そのためどのエピソードが史実で、どのエピソードが創作物なのかの判断が非常に難しいため、

気をつけて読まないと判断が付きにくいところが難点となっております。

上記三点と正史三国志の作者・三国志演義の作者の名前をしっかりと覚えてテストに備えましょう。

 

三国志ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

今回は正史三国志と三国志演義の違いについてご紹介しました。

ある歴史研究者は三国志演義を読んで、学者に説明したところ赤っ恥を書いたそうです。

三国志演義は史実も盛り込んでいるため、どの場面が創作物か判断が付きにく為、

三国志の本当のことを知りたい方には正史三国志や三国志・注を読むことをおすすめします。

「今回のテスト範囲はこれでおしまいです。

次回もまた講習があったら一緒に勉強しましょう。

それではまた」

 

関連記事:初めてでも大丈夫!楽しい正史 三国志の読み方

関連記事:リアルな正史三国志の特徴って?ってか正史三国志は需要あるの?

 

三国志平話

 

 

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