三国志の時代にドリンクバーが存在した?三国志時代の飲み物について

2016年11月25日


 

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劉備

 

現在は、水やお茶以外にも、コーラ、オレンジ、メロン、グレープ、ウーロン茶、様々な飲み物でドリンクバーまで出来る程ですが、このように多様な飲み物は三国志の時代には、当然ありませんでした。ところが一方で、今日では飲まれていないような、様々なドリンクが三国志の時代には存在していたのです。

 

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周の時代から存在する公式ドリンク 漿(こんず)

 

漿とは、今でいう重湯の事で、水の中にドロドロした米粒が入っています。周の時代にはポピュラーなドリンクで、まだ食べ物を売る店がない時代に、漿を売る店だけは街中にあったようです。

 

お茶が存在しない当時は、お茶のかわりが漿だったようです。

 

また、漿は当時の食事のマナーにも登場し、食事を済ませた客は口中をさっぱりさせ清潔に保つ名目で酒や漿でうがいをしたようです。公式の席では、必ず漿でうがいをし、私的な宴会では酒でうがいをするというような記述が古代のマナーブック、礼記「曲礼」に出てきます。

 

しかし、重湯で口をゆすいで口中がさっぱりするのでしょうか?

お酒なら、アルコール消毒で清潔になる気はしますが・・

 

元気が出る甘いアルコール飲料 醴(らい)

 

醴は、黍(きび)を粥にして麹を加えて醸造し、数日で出来上がります。現在で言う甘酒であって、疲れている時などの疲労回復に効果があります。あまり記録には、出てきませんが、宴会などでは常備していたのでしょう。

 

当時、甘味は貴重だったので重宝されたと思います。

 

夏場には、欠かせない冷たい氷水、涼(りょう)

 

涼というのは漢字の通りで氷水を意味しています。大昔に氷なんてあったのか?と思いますが、すでに秦の時代には、金持ちや王族は専用の氷室(ひむろ)を地下に所有していた事が遺跡から確認され、冬の間に蓄えた氷を夏場に取りだして飲んでいました。

 

また氷は、これらの飲み物の保存甕を腐らせない為の保冷剤代わりにも大量に使われていたようで、専任の凌人という役職があった程です。さながら、古代の冷蔵庫と言った所でしょうね。

 

暑い日に冷たい氷水を飲むのが、どんなに美味しいかは、あらためて説明するまでもないと思います。三国志の人々も、夏には氷入りの飲み物を楽しんだと知ると、また、彼等に親近感が湧きますね。

 

古代のサワードリンク、医(い)

 

医は梅酒の事で、梅を浸して酸味をつけたお酒に上述の氷を入れて、サワードリンクのようにして楽しんでいました。これまでに出てきた飲み物の中では、こちらが一番口に合いそうです。

 

医という名前から考えると食欲が減退する夏場に出されて、胃腸を刺激して食欲を増進する役割だったのかも知れません。

 

めちゃめちゃ甘く水で割るドリンク酏(い)

 

酏は醴をさらにドロドロに濃くしたもので、粘りがあり糸を引いたそうです。この酏の漢字の也の部分は、「糸を引く」という意味なので漢字が意味を表しています。

 

流石に、このままでは甘過ぎて飲めないので、水を足して薄めていたようですが、それでも甘いので飲み物として不人気になり、漿と共に歴史から消えていきました。

 

まあ、すでに、同じ黍から造る醴があるんですから、やや存在意義が薄いと言えば薄いですからね。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

今回は三国志の時代のドリンクについて、色々調べてみました。

 

袁術と一緒にはちみつを楽しむ袁燿(えんよう)

 

 

さて、ドリンクと言えば外せないのが、我らが宇宙皇帝袁術(えんじゅつ)さんですが、彼も人生のグランドフィナーレの一歩手前で「は、はちみつ水飲みたい」と料理人に告げていますね。

 

袁術

 

 

その原文は、「時盛暑、欲得蜜漿」で真夏に蜜漿を欲するとあります。

 

これを「蜂蜜舐めたい」とする解釈もありますが、盛夏で喉が渇いている時に蜂蜜を舐める人などいないので、これは蜂蜜を水に溶かしたモノと考えるのが自然でしょう。

 

袁術

 

ただ、蜂蜜水は三国志の時代には貴重で珍しく、超大金持ちしか飲めない高貴なドリンクだったようです。

 

袁術

 

流石、袁術さん、何の余裕もない死の間際になっても、「み、水が飲みたいではなく」セレブな蜂蜜水を要求するなんて本当にスーパーエリートなんですね。

 

本日も三国志の話題をご馳走様でした。

 

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三国志ライフ

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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