朝まで三国志悪
キングダム




はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

豊臣秀吉亡き後の天才軍師・黒田官兵衛の決断

この記事の所要時間: 247




 

豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)が亡くなると天下は再び騒乱の様相を呈してきます。

その原因を作ったのは豊臣家の武功派である福島正則(ふくしままさのり)や

加藤清正(かとうきよまさ)ら勢力と石田三成(いしだみつなり)を筆頭とする文官達との

争いが勃発したことです。彼の争いは秀吉死後に激化。

さらに徳川家康(とくがわ いえやす)がこの両者の争いを利用して

豊臣の天下を簒奪しようと考えておりました。

こうして秀吉死後の天下は非常に不安定な状態でしたが、

この状態がどのように変化することになるのか見守る老人がおりました。

その名を黒田官兵衛(くろだかんべえ)といいます。

彼は秀吉を支え続けた天才軍師としてその名は天下に轟いており、

秀吉からもその才能を恐れられていた人物です。

彼はこの不安定な天下の状況をなぜ見守っていたのでしょうか。

 

関連記事:【軍師特集】三国志、中国史、日本史にみる君主を支えた敏腕軍師たち

関連記事:軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>




秀吉死す

 

一代で天下統一を果たした苦労人であるとともに戦国の出世頭と言われた

天下人・豊臣秀吉が亡くなります。

秀吉が亡くなった当時、朝鮮で戦が行われており

清軍VS日本軍の熾烈な激闘が行われておりました。

そんな中秀吉が亡くなったとの情報が司令部へ入ってきます。

そのため日本軍は清軍と激闘を繰り広げながら撤退を開始。

官兵衛はいち早く日本へ帰国すると京の都に入って

秀吉死後の状態がどのようになっているのかを調査します。




里村紹巴に弟子入り

 


官兵衛は軍師としての才能は天下で知らないものはいないといっていいほどの智謀の士でした。

しかし官兵衛の才能は智謀だけではなく、歌読みとしても非常に優れておりました。

彼は当代きっての連歌師である里村紹巴(さとむらじょうは)の弟子入りするとすぐにその才能が

開花し、彼の連歌はめきめきと上達していくことになります。

 

連歌の会を開いて情勢を知る

竹 f

 

官兵衛は朝鮮から帰国すると京へ入ります。

そして京で里村紹巴の一門や戦国時代きっての文芸の達人である

細川幽斎(ほそかわゆうさい)などの大名、

公家衆を呼んで連歌の会を催します。

彼はこうした人々と連歌を楽しんでいたのではなく、彼らと親しく交わることで現状の政治状況が

どのようになっているのかを調査することが目的でした。

彼が秀吉の死後から関ヶ原の戦いが行われるまで連歌の会を開いたのは月に一回という

ハイペースで行っておりました。

こうして当時の政界の状況がどのようなものであるかをくわしく調査していたのです。

この調査の結果、豊臣家に秀吉がいた頃のような求心力はないことが判明し、

次世代の天下を担うのは徳川家であろうと言うことがわかってきます。

 

関連記事:秀吉の下に天下を代表する軍師が揃うきっかけってなに?

関連記事:黒田家を支え続けた後藤又兵衛はなぜ出奔することになったの?

 

京から領地へ帰国し、準備を始める

 

官兵衛は京から自らの領地である豊前(ぶぜん)中津城(なかつじょう)へ帰国します。

この地で官兵衛は当主である長政(ながまさ=幼名を松寿丸)と

家康へ味方するように申し述べます。

長政は父官兵衛から言われる前から家康に接近しており、

緊密な関係性の構築に成功しておりました。

このことを報告すると官兵衛は長政を褒め今後も家康への配慮を怠ならいように指示を出します。

その後長政は黒田家の精鋭を率いて会津討伐へ向かう家康軍に合流するために

出陣していきます。

官兵衛は隠居していたため少ない人数で中津城を守備することになります。

 

関連記事:黒田官兵衛は活躍したのになぜ領地はびっくりするくらい少ないの?

関連記事:播磨の豪族から出現した自信家・黒田孝高の誕生と初陣

 

貯蓄していた金銀を全て放出

 

官兵衛は節約家としても知られ、豪勢な物を嫌っており金銀を貯蓄しておりました。

その理由はいざって時のためにの貯蓄でした。

そして黒田軍の精鋭が当主・長政に従って出陣すると中津城に残っているのは老兵のみと

なってしまいます。

彼はこのままでは中津城を守備することが難しいと判断。

そこで今まで溜め込んでいた金銀財宝を全ては放出して募兵を開始します。

こうして集まった兵数は浪人や近隣の農民などが混ざっている混成部隊でしたが、

9千人程が官兵衛の元へやってくることになるのです。

そしてついに上方では石田三成が挙兵し、

豊臣家VS徳川家の二大勢力のぶつかり合いが始まろうとしておりました。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

黒田官兵衛はいつ九州地方に戦乱が訪れてもいいように準備万端でした。

また彼は徳川方へ味方することを決断し、当主長政や毛利両川の一人である吉川広家らに

徳川方へ味方するように説得します。

こうして黒田家が徳川家に忠実に働いていることをアピールすることで、

領地保全を考えているのでありました。

そして天下分け目の戦である関ヶ原の戦いが近づいてきます。

 

参考文献:中公新書 黒田官兵衛:諏訪勝則著

 

軍師官兵衛に関する記事一覧:軍師官兵衛全記事

関連記事:黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵衛の地獄からの生還

関連記事:黒田官兵衛の奇抜な献策と備中高松城攻防戦の水攻めがスゴイ!

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第27話「気賀を我が手に」…
  2. 【怪しげな宗教団体】どうして多くの民衆が太平道に参加したの?
  3. 周昌(しゅうしょう)とはどんな人?高祖劉邦や配下達から信頼を置か…
  4. 孟宗とはどんな人?孟宗竹(もうそうちく)の由来は呉の親孝行もので…
  5. 杜預(どよ)ってどんな人?破竹の勢いで有名になった政治家
  6. 【センゴク】浅井・朝倉の滅亡と羽柴秀吉の出世を徹底分析
  7. 【三国志の新事実】マジで!?蜀の天才丞相・諸葛孔明が沢山いた!
  8. 春秋戦国時代初期の名軍師・范蠡の名言:狡兎死して走狗煮らる

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 三国志偏差値を一気に上昇させる!マニアックなコアファン向け参考文献
  2. 初心者にも分かる!陸遜と諸葛亮孔明の関係性
  3. 【優劣対決】戦国武将小早川秀秋 VS 蜀の二代目皇帝劉禅一体どちらが優れていたのか。PART2
  4. 66話:曹操、孔明の実力を確認すべく劉備討伐の兵を挙げる
  5. 許劭(きょしょう)とはどんな人?三国志時代のインフルエンサー
  6. もうやってられない! 三国志の時代ではどのような理由で主を変えてたの?

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【お知らせ】はじめての三国志を常時SSL化しました。 劉備と豊臣秀吉はどっちがスゴイの?英雄の比較 37話:人を信じられなかった豪傑呂布、戦場に散る 【三国志の疑問】どうして宦官は消滅しなかったの? 賊徒から三国志の英雄に出世した武将がこんなにいる! すぐに使いたくなる!新三国志用語の意味と使い方まとめ13選 蒙武(もうぶ)ってどんな人?親友、昌平君との戦いは回避不能! 【センゴク】最前線拠点の城主と調略戦に明け暮れた秀吉のご褒美って何?

おすすめ記事

  1. 袁尚(えんしょう)とはどんな人?兄と争ったせいで袁家をつぶしてしまった漢
  2. 【三国志刀剣乱舞】三国志武将が持っていた名刀・名剣を紹介するよ
  3. 楊修(ようしゅう)とはどんな人?頭が良すぎて曹操から死を賜った悲劇の秀才
  4. 114話:蜀キラー陸遜、劉備を打ち破るための不気味な沈黙
  5. 後漢王朝の王族・劉曄の若かりし頃はどのような人物だったの?
  6. 李広(りこう)とはどんな人?「飛将軍」と呼ばれた男は李信の子孫であった!?
  7. 三国志時代も男同士はチューしてたの?当時の恋愛事情を紹介
  8. 幻の必殺陣形・八卦の陣とは?三国志演義と諸葛亮孔明の八陣図

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP