広告募集
ビジネス

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

大阪冬の陣では後藤又兵衛はどんな活躍をしたの?

この記事の所要時間: 210




 

後藤又兵衛基次(ごとうまたべえもとつぐ)は大阪城へ入城すると

真田信繁(さなだむぶしげ=幸村)や長宗我部盛親(ちょうそかべもりちか)、

毛利勝永(もうりかつなが)、明石全登(あかしたけのり)らとともに五人衆と呼ばれることになります。

これら五人衆は皆戦上手で知られており戦いに関してはプロ集団の五人で、

大阪城を巡る戦いでは最前線に出て戦いを行っていくことになります。

大阪冬の陣が勃発すると又兵衛は激戦地に赴くことになります。

 

関連記事:後藤又兵衛(後藤基次)はどんな最期を遂げるの?

関連記事:黒田家を支え続けた後藤又兵衛はなぜ出奔することになったの?



大坂の戦い勃発

炎 s

 

徳川家康と秀忠親子は幕府に味方する大名を勢ぞろいさせて出陣。

彼ら親子は約20万もの軍勢をひきいて京都に到着し、大阪城へ向けて進撃を開始します。

対する豊臣側の兵力は徳川幕府軍の半分ほどの兵力しかありませんでしたが、

一騎当千の強者どもを揃えて徳川軍を迎え撃つため大阪城近辺の防備を固めていきます。

又兵衛も率いてきた軍勢を従えて大阪城で待機しておりました。

そんな中、徳川幕府軍が動き出します。

幕府軍は大阪城の北にある今福砦(いまふくとりで)と蒲生砦(がもうとりで)と言われる場所に

攻め込んできます。

この幕府軍の攻撃を大阪城の櫓から見た又兵衛は豊臣秀頼(とよとみひでより)から

「今すぐ出陣して徳川軍を追い払ってきてくれないか」と命令を受け、

又兵衛は軍勢をひきいて出陣します。




木村重成との共同作戦

炎 s

 

又兵衛は蒲生砦に到着するとこの地を守っていた木村重成(きむらしげなり)へ

「秀頼様からこの地を守れとのご命令を受けた。君の軍勢はすでに疲労困憊している。

すぐに大阪城に引き上げてこの地の守備は我らに任せよ」と伝えます。

この言葉を聞いた木村重成は「私はこの地を預かっており、例え秀頼公からの命令であっても

この地を明け渡すわけにはいかん」と言って又兵衛に守備を任せませんでした。

又兵衛はこの重成の剛直さを気に入って、彼へ「そこまで言うのであればこれ以上何も言わん。

共にこの砦を守っていこうぞ」と言って木村重成と共同作戦を展開することになります。

又兵衛と重成はこの地で押し寄せてくる幕府側の上杉軍と激しく戦い

両軍ともに一歩も退かないまま激戦が続いていきますが、

又兵衛と重成軍は上杉軍に対して少ない人数を率いて奇襲作戦を行ったことが成功し、

上杉勢は混乱したまま退却していきます。

こうして初戦に勝利を果たした又兵衛と重成軍は秀頼から大いに褒められます。

 

激戦・今福・鴨野の戦い

 

幕府軍は翌日上杉軍と佐竹軍を前面に出して、大阪城の最重要拠点である今福・鴨野の両砦に

対して攻撃を行わせます。

上杉軍は昨日撤退していることからその失敗を挽回するため猛烈な勢いで鴨野砦へ攻撃を敢行。

この攻撃によって上杉軍は豊臣軍の猛烈な反撃を受けますが、

上杉軍の猛将水原親憲(みずはらちかのり)や直江兼続(なおえかねつぐ)隊の奮戦によって、

鴨野砦を大阪方から奪い取ることに成功します。

そして今福でも激戦が行われておりました。

この砦へ攻撃を仕掛けてきたのは佐竹軍です。

彼も上杉軍に負けない勢いで猛攻をかけてきます。

この地へ援軍に駆けつけた又兵衛と重成は数で勝る佐竹軍の猛攻を必死に迎撃。

又兵衛は重成が軍勢を率いて突出して進もうとする所に声をかけ

「重成殿まだ戦いは始まったばかりで急ぐことはない。

それよりも今回の戦いの指示に従って動いてくれ。」と要請を出します。

重成は又兵衛の言う通りにして又兵衛の支持があるまでひたすら敵軍の迎撃を行います。

彼は佐竹軍が今福砦の近くに設けた柵内に閉じこもって鉄砲を猛射しておりましたが、

佐竹軍の鉄砲攻撃が止んだ頃を見計らって自ら軍勢を率いて敵軍に突撃。

重成も又兵衛とともに佐竹軍に突撃して敵軍を追い散らすことに成功します。

こうしてこの今福・鴨野の戦いは終了することになるのですが、

又兵衛は鴨野の砦が陥落しているためこの地を支えることはできないと考え、

大阪城へ撤退していきます。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

又兵衛と重成はこの今福・鴨野の戦いで勝利したことによって

徳川方や大阪城内にいる豊臣諸将へその名を轟かせることになります。

しかし又兵衛はこの戦いで今福砦へ出張ってきた上杉軍の鉄砲による攻撃を受けて

負傷してしまいます。

だが深手を負うことなくこの後の戦場でも縦横無尽の戦いを行うことになります。

 

参考文献 後藤又兵衛~大坂の陣で散った武将~ 福田千鶴著など

 

軍師官兵衛に関する記事一覧:軍師官兵衛全記事

関連記事:黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵衛の地獄からの生還

関連記事:黒田官兵衛の奇抜な献策と備中高松城攻防戦の水攻めがスゴイ!

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 今川家のポンコツではなかった今川義元の前半生に迫る!
  2. 正史三国志魏書での最強武将TOP3は呂布・張遼・曹仁じゃない?
  3. 陳羣(ちんぐん)って九品官人法以外の実績ってあるの?
  4. 武田信玄のおびき寄せに乗った哀れな徳川家康
  5. 天下人・豊臣秀吉が過去に仕えていた松下綱之ってどんな人?
  6. 【三国志の分岐点】最大のチャンスを見逃してしまった曹操のミス
  7. 伏皇后問題が荀彧の死の原因か!我が子房・荀彧の死因に迫る!
  8. 日本で一番すごい武将?敵中を突破して帰国した猛将・島津義弘の武勇…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. キングダムのラスボスは昌平君でも李牧でもなくあの人だ!
  2. 張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった?
  3. 【岳飛が熱い】「尽忠報国」と背中に彫った救国の英雄・岳飛(がくひ)Part.1
  4. 【はじめてのセンゴク】織田家に反旗を翻した荒木村重・別所長治の最後
  5. 王昶(おうちょう)ってどんな人?治世に優れた優秀な政治家で、軍事面でも頼れる魏の武将
  6. 「後漢の州人口」から読み解く群雄の力!曹操が袁紹の本拠地を欲しがった理由も分かる!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

え!そんな理由なの?丁儀は曹丕に馬鹿にされたから曹植を応援した? 【キングダム】李牧を死に追いやる佞臣、郭開(かくかい)とはどんな人? 42話:袁紹には悪夢、顔良、文醜が関羽に斬られる 武田軍の西上作戦はなぜ失敗してしまったのか?武田信玄の病が関係していた? 蕭何はなんで仲が悪かった曹参を後継者に任命したの? 軍略にも才能を発揮した蒋済(しょうさい)の進言集 群雄の名言から知る三国志の世界【小覇王孫策の名言】 譙周(しょうしゅう)とはどんな人?劉禅に降伏するのが得策であると説いた政治家

おすすめ記事

  1. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース25記事【6/12〜6/18】
  2. 【はじめての孫子】第8回:夫れ兵の形は水に象(かたど)る。
  3. 曹操が行った大改革って何?|パイを奪うより自分で焼け!
  4. 曹植は軟弱ではなかった?皇帝の弟の悲しくも華麗な生涯
  5. 三国最強であった魏はなぜ滅びることになったの?【曹操編】
  6. 三国志の生みの親であり歴史家の矜持を悩ます歴史書編纂の裏事情
  7. キングダム 511話 ネタバレ予想:王翦はどこへ消えたのか?
  8. 【キングダム】転職によって人生を劇的に変えた李斯(りし)

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP