【秦の宰相】呂不韋の人生をかけた計画に危機が訪れる


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呂不韋

 

秦王政の青年期の宰相として君臨していた呂不韋(りょふい)

彼は趙で秦の公族で人質となっていた異人(いじん)を見つけ、

彼を王位につけるために自らが考えた計画に沿って行動を開始。

その結果、趙で人質となっていた異人は太子の位を得ることに成功します。

呂不韋は異人を太子に立てることに成功し、補佐役に任命されることになります。

その後呂不韋は異人とともに秦へ向かい、秦王の宰相として君臨することになるのですが、

彼の計画も順風満帆ではありませんでした。

 

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異人に報告

呂不韋

 

呂不韋は異人を太子に立てることに成功すると華陽公主(かようこうしゅ)と旦那である安国君に

趙で人質となっている異人の補佐役になるように頼まれます。

彼は補佐役となることを承知して趙へ向かいます。

趙の首都である邯鄲(かんたん)に到着すると異人が住んでいるボロボロの家に入り、

今まで経過と異人が太子に任命されたことを報告。

異人は大いに喜ぶとともに彼に感謝をします。

異人は楚国から嫁いできた華陽公主を母として敬うために自らの名前を改名して、

「子楚(しそ)」と名乗ることを決めます。


呂不韋の側室:趙姫登場

楊貴妃

 

呂不韋は邯鄲に贅を凝らした家を立てておりました。

彼はここに趙の国で舞を得意としていた娘である趙姫(ちょうき)を側室として住まわせており、

呂不韋のお気に入りの側室でした。

また呂不韋は知りませんでしたが趙姫のお腹の中には呂不韋の子供が宿っておりました。


子楚が趙姫に一目惚れ

 

子楚は秦の太子に決定した後も趙の人質であったため、ボロボロの家に住んでいました。

呂不韋は秦の太子となったのにこのままボロボロの家に住まわせているのはよろしくないと考え、

見た目はボロやですが、中身は非常に豪華な作りに変えてやることにします。

また呂不韋は時折、自らの家に子楚を呼んで宴会を開くことで、

退屈な人質生活に耐えられなくならないようにします。

そんなある日呂不韋はいつものように子楚を呼んで自宅で宴会をおこないます。

宴会では呂不韋の側室であった趙姫が舞を踊り、子楚の目を楽しませます。

この時に子楚は趙姫に一目ぼれしてしまい呂不韋へ

「あの舞を踊っている娘を私にくれないか」と交渉します。

呂不韋は(ふざけんな!!)と内心激怒しておりましたが、少し考えを巡らせます。

そして彼は子楚へ「分かりました。あなた様へ趙姫を差し上げることにします。

しかし少し準備が必要なので、後日送り届けることにします」と言って彼を家に帰させます。

その夜呂不韋は嫌がる趙姫を幾度も説得して、なんとか子楚の元へ嫁がせることを了承させます。


  

 

秦軍の猛攻と呂不韋の計画の危機

 

子楚は趙姫が嫁いでくると毎日彼女を愛で始めます。

そしてついに趙姫は男子を出産することになります。

男子の名前は政と言います。

三人は男の子が生まれたことで大いに喜んでおりましたが、

秦の大軍が趙の首都である邯鄲(かんたん)を包囲。

秦軍は日に日に攻撃を強めていき、邯鄲がいつ陥落してもおかしくない状態へ追い込まれてしまいます。

趙王は秦の人質として預かっていた子楚を秦軍を退かせるための切り札として今までどおりの

扱いをしておりましたが、秦軍の攻撃が厳しくなり援軍がどこからもこない状態が

数ヵ月続き始めると次第に趙の国民達から恨みを買い始め、家に石が投げ込まれてしまう結果に・・・・。

この状態を知った呂不韋はこのままでは子楚が殺されてしまうかもしれないと考え、

秦軍の攻撃中であるにも関わらず趙の城門を守っていた守備隊長に賄賂を送って開けてもらい、

趙の都邯鄲から脱出することに成功します。

そして子楚達親子は秦の都である咸陽に到着することになるのです。

 

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戦国史ライター黒田レンの独り言

黒田廉さん02a

 

子楚や政、趙姫は呂不韋のおかげで、趙の都邯鄲を脱出することに成功します。

そして秦に到着した呂不韋一行ですが、

豪華な宮殿暮らしをするわけではなく、再びボロボロの家に住むことになります。

それには様々な理由がありますが、

他の公族達から攻撃を受けないようにするための防御策のために必要なことでした。

もし子楚が宮殿に住んだことで、

他の公族達がいきなり太子となった子楚が気に食わずに殺害されてしまった場合、

呂不韋の計画は全て消え去ることになります。

そのようなことが起きないようにするためにボロやに住んで、

呂不韋が子楚の護衛役として守らなくてはなりませんでした。

まだまだ呂不韋が秦の宰相として君臨するには長い道のりがあります。

 

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