キングダム
夷陵の戦い




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

孫呉が天下統一できる可能性が2回もあった!?黒田レンの考察

この記事の所要時間: 235




 

レンが考えるに魏は天下統一することができたチャンスが二回ほどありました。

一つ目は赤壁の戦いです。

 

 

この戦いで曹操軍が敗北していなければ魏が天下統一することができた可能性が、

かなり高かったと言えるのではないのでしょうか。

二つ目は漢中制圧戦の後です。

陽平関の戦いで張魯(ちょうろ)を降して、漢中を占領することに成功した曹操軍。

この時益州は劉備が政権を打ち立てておりましたが、

劉璋を追い払ったばかりで政権は安定しておりませんでした。

この時に曹操が全力を上げて益州へ攻撃を仕掛けていれば劉備軍は間違えなく敗北して,

益州は曹操の物になっており、

そのまま荊州・揚州を占領することも難しくはなかったと思います。

魏には何回か天下統一することができるチャンスが訪れておりましたが、

呉には天下統一することができるチャンスが訪れていたのでしょうか。

今回は呉が天下統一することができたチャンスが訪れていたのかどうかを探ってみたいと思います。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【これはひどい】孫皓が天下統一できると勘違いした占いとは?




呉にも二回天下統一することができるチャンスが訪れていた

 

天は魏にばかりチャンスを与えていたのではありませんでした。

呉にもちゃんとチャンスを与えております。

さてそのチャンスはレンが考えるに二回ほど訪れております。

一度目は赤壁の戦いの後に周瑜(しゅうゆ)が打ち出した孫呉による益州攻略戦です。

そして二度目は関羽の樊城(はんじょう)攻略戦の時であると考えております。

今回は上記2点に的を絞って考えていきたいと思います。




一度目のチャンス:孫呉による益州攻略戦と天下二分の計

 

周瑜は赤壁の戦いの後、

一年あまりの激戦を繰り広げて荊州のど真ん中である江陵(こうりょう)を攻略することに成功します。

周瑜は江陵攻略戦が完了すると益州を攻略して魏を打倒する計画を孫権に提案。

その作戦とは孫呉によって益州を攻略した後張魯を従わせて、

涼州の関中十部軍と連合して西から魏の長安めがけて軍勢を出陣。

そして荊州方面から樊城へ軍勢を北上させると共に合肥(がっぴ)からも軍勢を出陣させる

三方面連動作戦を展開することでした。

孫権はこの作戦を聞いて大いに喜び周瑜にこの作戦を積極的に行うように指示を出します。

しかしこのチャンスを孫呉は活かすことができませんでした。

その原因は周瑜が亡くなってしまったからです。

こうして一度目のチャンスは流れてしまいます。

 

二度目のチャンス:荊州を攻撃しないで合肥へ全力を向けていれば

 

関羽が樊城へ攻撃を仕掛けている時、

孫呉は魏の司馬懿(しばい)からの提案により劉備との同盟を破棄して魏と同盟を結びます。

そして孫呉の軍勢は関羽がいなくなった荊州へ軍勢を進めて占領することに成功。

上記は史実の動きですが、レンが考える二度目のチャンスがこの時だと考えます。

もし関羽軍と連動して合肥方面へ全力で攻撃を仕掛けていれば合肥を占領することは

あまり難しくはなかったのではないのでしょうか。

また張遼が怖くて合肥方面へ進行できないのであれば盧江方面から全力で攻撃を

仕掛けて北上していくパターンもありだったのではないしょうか。

もしどちらかの作戦をとって北上することができれば、

蜀軍と連動して魏の領土を奪うことができたでしょう。

そして魏が滅亡して後に蜀と決戦して天下統一を果たしてもいいですし、

南宋と金みたいに天下を二分して統治するのもいいのではないのでしょうか。

しかし上記のチャンスも孫権は荊州と言う土地に執着してしまったために失うことになります。

 

関連記事:【5分で分かる】意外と知らない孫呉滅亡のきっかけ

関連記事:【解煩督】呉にだっているぜ!解煩、敢死、無難、様々な特殊部隊

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

レンの疑問なのですが、果たして孫権は天下統一する意思があったのか。

それとも江南で力を蓄えることに終始して、天下統一する意思は余り無かったのか。

一体どちらなのでしょうか。

レンの勝手な予想ですが、孫権は天下統一する意思が無かったのではないのでしょうか。

もし天下統一する意思があるのであれば、

荊州を取るよりも北上して魏の領土を脅かすことが最優先事項であったはずで、

孔明が北伐作戦を展開している時に、

しっかりと彼と打ち合わせをして連動するなどの動きがあっても良いのではないのでしょうか。

上記を根拠にレンは孫権が天下統一する意思があまりないのではないかと思うのですが、

皆さんはどのように思いますか。

 

関連記事:三国志ライターkawausoが魏を斬る!蜀が中華統一をする方法

関連記事:どうやったら蜀は魏を滅ぼして天下統一を果たせたの?【ろひもと理穂の考察】

 

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【真田丸特集】徳川三傑・本多忠勝と蜀の五虎将軍・張飛を対比してみ…
  2. 陳登(ちんとう)とはどんな人?劉備や曹操に認められた大才の持ち主…
  3. 衛青(えいせい)とはどんな人?前漢時代最強を誇っていた匈奴を打ち…
  4. 織田信長にとって最強の敵は武田信玄や上杉謙信でもなく本願寺顕如だ…
  5. 伍子胥(ごししょ)とはどんな人?復讐の鬼となり、楚を滅亡寸前まで…
  6. 【正史三国志】呉書を参考に孫権が皇帝へ登るまでの歴史をご紹介
  7. 王莽(おうもう)ってどんな人?中国史で最初に帝位を譲りうけた人物…
  8. 【韓信独立戦記】韓信がもし独立したら歴史はこうなったかも!?【後…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【歴史好き向け】歴史ロマンに浸れる神ゲーム5選
  2. 羅憲(らけん)とはどんな人?蜀のラストサムライ!奇跡の逆転勝利で蜀の意地を見せる
  3. サンクトペテルブルク以東最大と言われた大阪城を建築した秀吉の狙いとは?
  4. 司馬懿が三国志演義に初登場するのはどのタイミングなの?
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース13記事【9/18〜9/24】
  6. 陸遜は兵法の本質を理解していた戦術家だったの?夷陵の戦いから読み取る陸遜の能力

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

今更聞けない!水魚の交わりとは何?三国志に由来する故事成語 袁紹本初(えんしょう・ほんしょ)とはどんな人?曹操の最大のライバル 李広(りこう)とはどんな人?「飛将軍」と呼ばれた男は李信の子孫であった!? まだ漢王朝で消耗してるの?第5話:統一国家 晋の礎 司馬懿 呉の太子四友とはどんな人?権力闘争に敗れ失脚していくエリート 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース12記事【10/23〜10/29】 曹操と劉備ではどっちの武力が上?究極の個人対決 馬超にも逸話はあるの?蜀の五虎大将軍・馬超孟起の逸話

おすすめ記事

  1. 関羽は味方に嫌われ孤立していた?その驚くべき理由とは?
  2. 【戦国四君・孟嘗君の逸話】五月五日の子に生まれた子は捨てよ!!父が信じた迷信が原因で悲劇が訪れる
  3. 【架空戦記】時空を超えた対決!韓信VS 諸葛亮孔明の一本勝負
  4. 戦国時代の詩人屈原に学ぶ自分大好きメンタル開発法
  5. 胡昭(こしょう)とはどんな人?司馬懿の命の恩人で曹操の招きに応じながらすぐに辞職した男
  6. 孔明の罠初登場(笑)新野で曹操軍を翻弄
  7. 【古代中国の伝説の聖剣】欧冶子が作った宝剣がとんでもない高価なモノだった!?
  8. これぞ重箱の隅!三国志の時代の調理具・食器特集!

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“西遊記"
PAGE TOP