キングダム
濡須口の戦い




はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

黒田長政はすごい人?それとも親の七光りで出世した人?




 

黒田官兵衛(くろだかんべえ)の息子・黒田長政(くろだながまさ)。

父親は秀吉の天下取りを支えた稀代の軍師として天下で彼の名前を知らない人はいないぐらい

有名な人物でした。

この父親の後ろ姿を見て育った長政。

彼は関ヶ原の戦いの後、家康から従来の所領から三倍近くも所領をアップされておりますが、

果たして彼は家康に実力で認められて手に入れたのでしょうか。

それとも黒田官兵衛の今までの活躍に比べて処量が少ないから増やしてもらったのでしょうか。

今回は長政がすごい人なのかそれとも親の七光りで出生した人物なのかを検証したいと思います。

 

関連記事:【軍師特集】三国志、中国史、日本史にみる君主を支えた敏腕軍師たち

関連記事:軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>




黒田長政はすごい人だった

 

結論から先に言いますと黒田長政はすごい人です。

決して親の七光りで出生した人物ではなく自らの実力を徳川家康に示し、

家康も彼の実力を認めた上で領地を三倍近くもアップさせてあげました。

黒田長政が徳川家康に認められるような戦功とは一体何なのでしょうか。




徳川家康が認めた戦功その1:小山会談で福島正則に工作したこと

 

黒田長政が家康に認められた戦功のその1として豊臣恩顧の筆頭格である

福島正則(ふくしままさのり)に対して家康へ味方するように工作した事が、

大きいのではないかと思います。

長政は正則に対してストレートに「家康に味方しなさいよ」と説得したのでは、

反対される可能性があるため、彼は側面から福島正則が家康に味方するように説得。

長政は正則に対して「石田三成が豊臣秀頼(とよとみひでより)様を担いで、

家康殿へ戦を仕掛けるらしいぞ。

あの頭でっかちは幼少で物事の分別がつかない秀頼様へ色々と吹き込んで、

家康殿や俺らを討伐して天下を欲しいままにしようとしているのに違いない。

正則殿は太閤殿下へ色々と俺らの讒言を行った三成へ味方するつもりじゃないだろうね。」と

述べます。

正則は石田三成が嫌いきらいだっきらいでしたので、

この点を突かれると正則は感情的に興奮してしまい何も考えずに徳川へ味方することを長政に

伝えてしまいます。

長政は一応正則に「では徳川へ味方してくれるのだな」と念押しで説得。

正則は感情が興奮状態のまま長政の言うとおり徳川へ味方することを決意します。

会津にいる上杉家討伐軍を率いていた徳川家康は三成が反乱を起こしたことを知ると

彼は諸大名を集合させて今後の方針を決める小山会議を開きます。

家康はこの会議で自分に味方するか石田三成につくか迷っている諸将に対して判断を仰ぎます。

この時正則は大声で判断に迷っている諸将に対して

「俺は石田三成を討伐して豊臣が正しい元の姿に戻すために徳川殿へ味方する」と叫びます。

この正則の宣言によって諸大名は「俺も!!俺も!!」と真っ先に手を挙げて味方に付くことになります。

もし長政が福島正則を事前に工作していなければ、

徳川が関ヶ原に勝つことはできなかったかもしれません。

 

徳川家康が認めた戦功その2:小早川秀秋の寝返りを確約させる

 

徳川家康が黒田長政の戦功を認めた戦功その2として小早川秀秋(こばやかわひであき)の

寝返りを確約させたことも長政の戦功の一つと言っても過言ではないでしょう。

長政は関ヶ原の戦いが始まる前に西軍で最大規模の兵力を有している小早川秀秋へ

寝返りの説得を行っています。

秀秋は長政の説得に応じて関ヶ原では西軍から東軍へ味方したことがきっかけで、

西軍の諸将は壊滅することになり関ヶ原の戦いは東軍の勝利が確定することになるのです。

もし長政が小早川秀秋へ東軍へ願えるように工作していなければ、

関ヶ原の戦いは西軍が勝っていたかもしれません。

 

徳川家康が認めた戦功その3:吉川広家を東軍へ味方として引き入れた

 

徳川家康が認めた戦功その3は吉川広家(きっかわひろいえ)を東軍へ味方に引きつけたことが

挙げられるでしょう。

広家と長政は朝鮮の役の時に友人として仲を深めていった間柄でした。

しかし関ヶ原の戦いでは毛利本家の当主・毛利輝元(もうりてるもと)が、

西軍の総大将として担がれてしまったため広家も西軍に味方することにします。

だが彼が東軍と西軍の状況分析を行った結果、西軍に勝ち目はないと判断。

そのため彼は東軍にいる友人である長政へ手紙を送って、

「私は現在毛利軍を率いて西軍に属しておりますが、東軍へ味方したいと思っております。

つきましては家康殿へお取次お願い申し上げます。」と綴ってある手紙が送られてきます。

長政はこの手紙を家康へ取次ぎ家康はこのことについては長政へ任せると伝えます。

そして長政は家康と毛利が寝返った時の条件などを詰めていくことになります。

この結果、毛利本隊を率いていた吉川広家は関ヶ原の戦いでは一切戦に参加しませんでした。

この時長政が広家から送られてきた手紙をスルーしていたら、

関ヶ原の戦いは明治時代に軍の教官としてやってきたメッケルの言った通り

西軍の大勝で終わっていたことは間違えないでしょう。

長政は主に上記三つの活躍を家康に認められたことによって、

17万石の領地しかなかったのを関ヶ原の戦い後、

一気に三倍近い54万石程度を与えれることになるのです。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

黒田長政は父の智謀を見て育ったため、官兵衛のような策略を使った活躍をしてみたいと

思っていたのではないのでしょうか。

だから関ヶ原の戦いでは諸大名へ工作を行っていたのではないかと考えられます。

この長政の謀略はかなりの成果を上げることに成功しており、

父官兵衛に見劣りしない活躍をしたのではないのでしょうか。

また智謀のみの武将ではなく戦になると周りが見えなくなるほど猪突猛進型の武将で、

自ら槍をもって乱戦の中へ突っ込んでいくような始末でした。

この点を父官兵衛に叱られているのですが、長政は治すことができずに関ヶ原の戦いでも

槍をもって石田三成軍へ突撃しております。

 

軍師官兵衛に関する記事一覧:軍師官兵衛全記事

関連記事:黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵衛の地獄からの生還

関連記事:竹中半兵衛重治と黒田官兵衛はどっちが凄かったの?

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 馬陵の戦い(ばりょうのたたかい)ってどんな戦い?孫臏を有名にさせ…
  2. 曹叡 【三国志歴史ミステリー】魏の二代目皇帝・曹叡(そうえい)は誰の息…
  3. 黒田官兵衛の肖像画で頭巾を付けている理由がわかる!天才軍師・官兵…
  4. 武田信玄の死と勝頼の武田家継承の謎
  5. 五分でわかる蜀の名将達の現代にまで残る名言・逸話【三国志逸話列伝…
  6. おんな城主 直虎の予備知識を得よう!女城主・井伊直虎は今川家に呪…
  7. 【初代親衛隊長】呂布軍を打ち破るきっかけを作った典韋(てんい)
  8. 【劉備の初代軍師・徐庶】剣術家から学問の道へ変更したきっかけとは…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. 明智光秀 麒麟がくる

おすすめ記事

  1. まるでクリントイーストウッド?三国志は西部劇だった?
  2. 【発見】諸葛亮の軍略の後継者は姜維だけではなかった!
  3. 曹操の徐州大虐殺の真相には諸説あり?
  4. 三国志テストにチャレンジ!!TOSIC990点を目指せ!!
  5. これはヒドイ!流浪していた献帝の悲惨な生活
  6. そうだったのか!武器の特徴を知ると三国志の時代の戦い方が分かる!

三國志雑学

“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 呉の小覇王・孫策

おすすめ記事

【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十二話「おんな城主直虎」の見どころ紹介 実は、かなりの極悪人徐州牧の陶謙(とうけん) キングダム 525話 ネタバレ予想:朱海を翔ぶ鳳凰 キングダム557話「王翦の計略判明!」ゴールデンウィーク大予想 山本勘助(やまもとかんすけ)は実在したの?今まで架空の人物だとされていた勘助の謎 袁紹に殺された2000人以外にも歴代の皆殺しに注目してみた。ちょっぴり不謹慎 【三国志平話】ひどい!劉備が恩人の趙雲を裏切って逃走 三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

おすすめ記事

  1. 儒教が引き金?外戚と宦官の対立はなぜ起こったのか
  2. 夏候惇の父親としての評価はどうだったの?
  3. 実はガラクタ疑惑も諸葛亮が発明した木牛流馬とは?
  4. 【三国志の素朴な疑問】蜀が北伐を止められなかった理由とは?
  5. 三国志では教えてくれない洛陽と長安の秘密
  6. 大胆仮説!孔明が口ずさんだ梁父吟は芝居のセリフだった!?
  7. 【劉孫同盟誕生秘話】孫呉の内部は新劉備派と反劉備派に割れていた
  8. 足利義満はどんな人?強きを助け弱きを挫くベタな権力者

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志"
“水滸伝"

“三国志人物事典"

PAGE TOP