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執筆者:黒田廉

三国同盟の終わりと武田信玄の危機

この記事の所要時間: 215




 

三国志でも同盟を破棄して同盟先の領土へ攻め込んだ例はいっぱいありますが、

その中でも特に有名なのが孫家と劉家の同盟破棄でしょう。

これは孫権側が一方的に劉備との同盟を破棄して荊州へ攻め込んだ事件です。

戦国時代にも同じような光景として甲斐の武田信玄が駿河の今川氏真との同盟を破棄して

駿河へ侵攻しております。

今回は三国同盟の終焉と信玄の危機についてご紹介します。

 

関連記事:暴走しているオヤジを追放して当主に就任した武田晴信(たけだはるのぶ)

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三国同盟の終焉

 

駿河の大名で海道一の弓取りと言われた今川義元(いまがわよしもと)が

織田信長(おだのぶなが)に桶狭間の戦いで討ち取られてしまいます。

この結果今川氏が支配していた駿河(するが)・遠江(とうとおみ)・三河に対する支配力が、

一気に低下。

そのため今川家に従属していた松平家は今川家から独立してしまいます。

このことを知った信玄は今川との同盟を破棄して駿河侵攻作戦を行う決意をします。

そして信玄はこのまま今川家と同盟している意味がないと判断し、

今川義元の娘を今川家に送り返して、同盟破棄を宣言して駿河へ侵攻することを決意します。

この今川と武田の同盟が切れたことで戦国最強の同盟と言われた甲斐(かい)・駿河(するが)

相模(さがみ)の三国同盟が終焉を迎えることになります。




駿河侵攻作戦は順調だったが・・・・

 

信玄は同盟を破棄するとすぐに駿河攻略へ向けて出陣します。

信玄自ら大軍を率いて迎撃に出てきた今川軍を打ち破り、今川の本拠地を陥落させます。

また信玄は駿河侵攻作戦を行う前に三河の徳川家康へ使者を送り

「共同して駿河と遠江(とおとうみ)の攻略をしよう」と申し伝えております。

徳川家康も戦国最強の武田家からの共同作戦を快諾してともに

今川家の領土を侵攻しております。

そんな中関東の覇者であった北条家が今川との同盟を維持することを表明し、

北条家当主である北条氏康(ほうじょううじやす)と嫡男氏政を引き連れて大軍勢を率いて

信玄の退路となっている薩埵峠(さったとうげ)に兵を駐屯させて、

武田軍の退路を遮断します。

信玄は北条軍に退路を絶たれたため危機的状況に陥ることになります

 

信玄の危機打開策

 

信玄は北条家を退路から撤退させるために北条の背後の勢力たちへ攻撃を仕掛けるように

呼びかけます。

しかし北条軍は全然退却するようするを見せませんでした。

また駿河に今川家の民衆が反乱を起こして攻め寄せてきており、この対応にも追われることになり

にっちもさっちも行かない状況になってしまいます。

そのため信玄はこの状況を打開して甲斐へ退却するため、

北条軍が駐屯している薩埵峠に軍を進めて決戦を行います。

しかし北条軍の兵数の多さと最初にこの地に布陣していたこともあり、

準備万端の状態であったため武田軍は敗北してしまいます。

武田軍は敗北してしまいますが、信玄はなんとか甲斐へ変えることに成功しております。

 

戦国史ライター黒田廉の独り言

 

駿河侵攻作戦は信玄の戦いの中でもかなり厳しい状態に陥った作戦だったのではと思います。

信玄は北条の背後の勢力以外にも武田家よりも弱い徳川家に使者を送ったりしており、

かなりうろたえていたのではないかと考えられます。

そして武田軍が駿河から一切手を引くと徳川軍が遠江の掛川城(かけかわじょう)へ逃れていた

今川氏真は命を助けてもらうことを条件として徳川に城を明け渡して降伏しております。

その後氏真は北条氏が居る関東へ逃れますが、

北条氏の元に居続けることが嫌になったのか敵であった徳川家康に仕えております。

「今回の日本の戦国時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

参考文献 新公新書 信玄の戦略 柴辻俊六著など

 

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?

 




黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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