朝まで三国志軍師
まだ漢王朝で消耗してるの?




はじめての三国志

menu

はじめての変

劉備と趙雲が出会う事になったきっかけを作ったのは袁紹のおかげ?

この記事の所要時間: 224




 

蜀の五虎将軍・趙雲(ちょううん)

彼は劉備の配下として武勇面で活躍。

劉備が亡くなった後も孔明率いる北伐軍に参加して活躍した武将です。

非常に忠義の厚い人物なのは三国志が好きなはじさん読者なら知っていると思いますが、

彼と劉備が出会うことになったのは袁紹のおかげであったことを知っていましたか。

今回は劉備と趙雲が出会うことになったきっかけをご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:今まで有難う趙雲!劉禅や姜維の感謝の言葉に感涙




袁紹に嫌気がさして・・・・

 

趙雲は河北の常山出身の武将です。

ゲームなどで常山の趙子龍(ちょうしりゅう)見参。

などのセリフを聞いたことがあると思いますがこれは「俺は常山の趙雲だぞ」という意味です。

常山出身の趙雲ですが袁紹が冀州(きしゅう)の牧と称していたせいで、

常山の民衆は皆袁紹の味方をしてしまいます。

しかし彼は袁紹の味方となることに違和感を感じていたので、

常山で義勇兵を募って幽州(ゆうしゅう)を領有していた

公孫瓚(こうそんさん)に味方をすることにします。




苦笑いするしかなかった公孫瓚

 

公孫瓚は冀州の住民のほとんどが袁紹の味方をしていたにも関わらず、

趙雲が義勇兵を率いて自分に味方してくれたので大いに喜びますが、

自らが抱いていた疑問を彼へ尋ねるのです。

余計なことを尋ねないでそのまま彼を信用しとけばいいのに・・・・と思ってしまうレンです。

公孫瓚は趙雲へ「冀州の住民や常山の人々は全て袁紹へ味方したのになんで君は

私のもとへ駆けつけてくれたのかね」と疑問を尋ねます。

すると彼は「天下は騒然としており、誰が一体正しいのかわからない状態です。

私が住んでいた冀州の住民や常山の人々は名家出身の袁紹に味方しましたが、

私は殿に味方しました。

これはあなた様が正しいと思って味方したのではなく、

仁政を敷いてくれる可能性があると思って殿に味方したのです。

もし袁紹が仁政を敷いて領内を統治するのであれば、

私は袁紹の元に行くかもしれません。」ととんでもない返答を返します。

公孫瓚は趙雲の返答に対して苦笑いをするしかありませんでした。

 

劉備と出会う

 

趙雲は公孫瓚の配下として色々な戦場に赴くことになるのですが、

この時に同じ配下として活躍していた劉備と出会うことになります。

劉備と色々な話をして彼を気に入った趙雲。

劉備もまた趙雲に対して高評価を下して気にいっていたので、

二人はすぐに信頼関係を構築することになります。

しかし趙雲は兄貴が亡くなったことがきっかけで公孫瓚の元を離れることになります。

劉備は趙雲が帰国することを知ると彼の手を握って別れの挨拶を述べます。

すると趙雲は「私はあなたの元に必ず戻ってきます。」と言い残して去っていきます。

 

袁紹の元で再開する

 

劉備はその後公孫瓚の元を離れて袁紹に身を寄せることになり、

鄴(ぎょう)で懐かしい人物と再開することになるのです。

その人物とは趙雲でした。

彼は兄貴の喪が終わると各地を放浪した後、劉備が袁紹の元に身を寄せていると聞いて、

各地で義勇兵を募って劉備がいる鄴に帰ってくるのです。

こうして劉備軍に参加することになった趙雲は、

ここから歴史に名を残していくことになるのです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

もし袁紹が冀州の牧を称することをしなければ、

趙雲が公孫瓚に味方することはなかった可能性が高いので、

劉備と出会うことははなかったのではないのでしょうか。

上記のように考えると袁紹のおかげで劉備と趙雲が出会うきっかけとなり、

彼が居なければ公孫瓚の元へ趙雲が配下として参加することもなく、

劉備と出会うこともなかったように思うのはレンだけでしょうか。

皆様はどのように思いますか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志蜀書 今鷹真・井波律子著など

 

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:もし趙雲が魏に仕えていたらどうなっていた?【ろひもと理穂if考察】

関連記事:趙雲子龍は何歳だったの?五虎大将軍の年齢に迫る!

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 孫呉を滅亡させた晋の将軍は誰だったの?杜預それとも王濬?
  2. 孫堅(そんけん)ってどんな人?「江東の虎」と群雄達から恐れられた…
  3. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十三話「城主はつらいよ」…
  4. 孫礼(そんれい)とはどんな人?境界事件を解決したにも関わらず理不…
  5. 張嶷(ちょうぎょく)とはどんな人?異民族討伐のプロであり陳寿も認…
  6. 何で劉備は劉表からの荊州譲渡を断ったの?第6感で決断した劉備の意…
  7. 清洲会議(きよすかいぎ)って何なの?実は天下統一への重要局面を会…
  8. 彭越(ほうえつ)とはどんな人?漁師から王の位にまで上り詰めた梟雄…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.3【完】
  2. 秦の『外交』を分析!どうして秦が中華統一することができたのか?
  3. 22話:呂布と桃園3兄弟の大舞台、虎牢関の戦い
  4. 【第一回 放置少女】美少女達と一緒に三国志の世界を体感しよう!!
  5. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【12/11〜12/17】
  6. 三国一のヨイショ男、曹操の部下の褒め方が半端ない

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

【シミルボン】幸村だけじゃない曹操、孔明も使った赤備え! 鍾毓(しょういく)とはどんな人?風格のある人柄で秀才の誉れ高い魏の臣 魏(曹丕)呉(孫策)蜀(劉禅)の2代目君主は誰が一番優秀だった? 馬超(ばちょう)蜀に入った時にはピークを過ぎていた? 劉備と豊臣秀吉はどっちがスゴイの?英雄の比較 呉のお家芸・偽降伏の見破り方を知っていた知将・王基 もし関羽が曹操の元に留まり劉備の元に戻らなかったらどうなっていた? 劉焉(りゅうえん)ってどんな人?益州に独立国を建国した漢

おすすめ記事

  1. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第3部
  2. 孔融(こうゆう)とはどんな人?孔子の子孫だが、曹操を批判して身を亡ぼした学者
  3. 鬼道の使い手である卑弥呼の女王即位と三国志の関係性
  4. 孔明の北伐はノープランだった!?北伐の意図は何だったの?
  5. 朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第12部
  6. 樊噲(はんかい)とはどんな人?肉屋の主人から劉邦の親衛隊隊長として楚漢戦争を戦い抜いた豪傑
  7. 彭越(ほうえつ)とはどんな人?漁師から王の位にまで上り詰めた梟雄
  8. またまた発見!劉備の黒歴史、なんと劉禅には生き別れの兄がいた?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP