田斉に時代最高の名君である威王の逸話【春秋戦国時代の斉の名君】

2017年4月9日


 

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キングダムに出てきた斉(せいおう)・田建(でんけん)。

彼は斉の国の王様ですが、

春秋時代は斉の国は羌族(きょうぞく)出身の太公望・呂尚が初代斉の君主でした。

だがこの国は斉の桓公(かんこう)の時代に亡命してきた田氏が力をつけて台頭したことによって、

太公望が建国した斉は滅ぼされてしまいます。

そして羌出身の斉の君主亡き後田氏が斉の国主として君臨することになります。

田氏の斉と羌姓の斉を区別するために歴史上では田斉と言われることがあります。

今回はこの田氏一族が君臨した斉の歴代の国主の中で最高ランクと言われた名君・威王の

エピソードについてご紹介していきたいと思います。

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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九年間も何にもしなかった王様

 

威王は王位を継いで斉王となります。

しかし彼は何にもしないまま九年間を過ごしてしまいます。

何にもしないというのは本当に何もしないということで、政治は大臣に任せっぱなしで、

王が行う仕事を一切やろうとしませんでした。

そのため国内の情勢は不安定になっていきます。

斉の国内が乱れていることを知った近隣諸国の勢力は斉の国境に兵を進めて侵略を開始。

威王に仕えていた家臣達はこの王様はほんとに大丈夫かと不安になるほど、

彼は王様たる威厳を見せることや政治に関して無関心な人でした。

 



突然役人を評価するPART1

 

威王はどうしようもない王だと民衆や大臣、将軍までも思っておりました。

そんな評判が吹き荒れていたある日、

彼は即墨(そくぼく)という町を治めている役人を呼び寄せます。

役人は参上すると威王から「君あんまり宮殿の中で評判が良くないんだよね。

だからさ俺が勝手に君が治めている即墨の街を調査させたんだけどさ、

君かなり統治の仕方がうまいらしいじゃん。

民衆に聞いてみたんだけど『あの人はわしらのことをちゃんと考えている』と褒めてたし、

田畑もしっかりと耕されていたね。これらを評価して君に領土を与えようと思うから

受け取って欲しい」と直々に伝えます。

この言葉を受け取った役人は大いに驚きと畏敬の念で威王にかしずきます。

 

突然役人を評価するPART2

 

 

威王はまたしても役人を呼びつけます。

その役人は東阿(とうあ)と言われる場所を統治している人物で、

宮殿内の評判はかなり高評価でした。

威王はこの役人に対して「君。かなり宮殿内で評判高いから本当かどうか調べさせてもらったよ。

そしたら君が治めている東阿の領地が評判と違って全然発展してないことに、

俺ビックリしちゃった。

田畑は荒れ放題だし、民衆は君が宮殿に賄賂を贈っているから重税を課し、喘いでいる始末。

君さぁ~全然仕事してないから処罰するね。」と役人に伝えると

威王は声を荒らげて「即刻この役立たずの首をはねよ!!」と言って彼を処断してしまいます。

その後威王は彼の評判を自らに伝えてきた側近たちもすべて殺害してしまいます。

威王のこの果断な決断に側近や大臣、将軍達は恐れ、歪められた報告を行わなくなり、

実情のみを威王に伝えるようになります。

   

戦国史ライター黒田廉の独り言

 

威王は九年間も何もしなかったのではなく、

大臣・側近・将軍達が自分に対してどのような態度を取ってくるのか。

また彼らが自らをどのように見ているのかを査定するために何もやらないで、

様子を見ていることにしていたのです。

その結果、真面目に仕事をしている役人はしっかりと評価を与えて、褒美をあげます。

そして何もやらないで適当に仕事をしている役人には厳罰をもって望むことで、

斉の国を引き締めることに成功します。

ここから威王は斉最高の君主として政治・軍事を積極的におこなっていくことになるのです。

 

参考文献 中公新書 孟嘗君と戦国時代 宮城谷昌光著など

 

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