編集長日記
北伐

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

清洲会議(きよすかいぎ)って何なの?実は天下統一への重要局面を会議していた!

この記事の所要時間: 40




清須会議 スタンダード・エディション [DVD]

 

清洲会議(きよすかいぎ)。

この会議は羽柴秀吉が山崎(やまざき)の戦いで、

織田信長を殺害した明智光秀を討ち果たした後に行われる会議です。

この会議の場所は織田家の最初の本拠地としていた尾張(おわり)の清洲(きよす)城で、

行われた会議なので清洲会議と命名されることになります。

清洲会議には元織田家の重臣達が遠路はるばる集合して、

清洲城で会議を開くことになるのですが、清洲城で一体何の会議をしたのでしょうか。

実はこの会議で非常に重要な案件が話し合われることになるのです。

今回は重要案件が話し合われた清洲会議についてご紹介していきたいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【センゴク】西の覇者毛利水軍vs織田水軍の戦い「木津川口の戦い」




清洲会議開催決定

 

秀吉は明智光秀を山崎の戦いで撃ち破った後、

光秀討伐軍の総大将であった織田信孝(おだのぶたか)と一緒に安土城へ入城。

光秀を討伐したことによって織田軍の内乱は終焉を迎えることになるのですが、

問題は山積みでした。

問題その1として織田信長の後継者をいったい誰にするのかという事です。

妥当に考えるならば信長の息子である織田信孝・織田信雄(おだのぶかつ)どちらかが

信長の後継者と名乗れば解決しそうですが、

どちらも仲が悪く勝手に信長の後継者と名乗れせれば、

再び織田家の中で内乱が勃発する危険性がありました。

問題その2としては信長が拡大した織田家の領土問題です。

信長が亡くなったことで信長の直轄領が空白地帯となってしまい、

そのまま放置プレイしていれば誰かに占領されてしまう恐れがありました。

これらの問題を解決するため、織田家筆頭家老である柴田勝家(しばたかついえ)が

織田家の重臣達を清洲城に集合させることにします。

こうして清洲城で上記で上げた問題解決や今後の展望を話し合うための会議が、

開催されることになります。




宿老クラスの武将が集結

 

勝家は北陸の要所に武将達を配置して、

上杉家の逆襲があってもいいように手当を行った後、

尾張(おわり)・清洲城へ向かいます。

羽柴秀吉も長浜(ながはま)城で清洲会議で話し合いが行われる内容を事前に検討した後、

清洲城へ向かっていきます。

さらに秀吉と一緒に光秀討伐戦で活躍した丹羽長秀(にわながひで)、

池田恒興(いけだつねおき)も勝家に呼ばれたため、

清須へ向かって行くことになります。

こうして織田家の宿老クラスの人物たちが清洲城に一同に介することになるのです。

あれ!?そういえば一人司令官クラスの武将がいたような気がすると気づいた皆さん。

皆さんは戦国時代のちょっとしたマニアと言っていいと思います。

そうです。織田家には一人隠れた司令官クラスの宿老がおりました。

その名を滝川一益(たきがわかずます)と言います。

彼は清洲会議の主催者である柴田勝家に呼ばれませんでした。

一体なぜなのでしょうか。

 

滝川一益が呼ばれなかった理由とは

 

織田信長は甲斐(かい)の武田勝頼(たけだかつより)を滅亡させた後、

滝川一益を関東方面司令官に任命します。

滝川一益は「信長様。わっちは年で戦に耐えられません。

茶器を信長様から頂いて引退しようと思うのですが・・・・」とお願いします。

すると信長は「おみゃ~に渡す茶器はね。しっかり働け」と言われてしまい、

渋々関東方面司令官の地位を受けたそうです。

そんな彼にも本能寺の変のニュースが届きます。

一益は驚いてしまいますが、

このニュースを聞いて数日後北条家が一益軍に襲いかかってきます。

一益は北条軍を撃退するため激闘を繰り広げますが、

北条軍の攻撃を弾き返すことができずに敗北してしまい、

一益の味方となっていた上州の豪族達は四散してしまいます。

そのため、滝川一益の軍勢は激減することになり、

命からがら所領である伊勢(いせ)へ舞い戻ってくるのです。

勝家は一益が司令官でありながら北条軍に大敗して、

軍団を四散させてしまったことから彼を清洲会議に呼ぶことをしませんでした。

こうして一益抜きで清洲会議は行われることになります。

 

清洲会議の第一議案:信長の後継者を誰にするか

 

さて清洲城に入城した柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、池田恒興らは、

とりあえず一通りの挨拶を述べた後、

清洲会議の第一議案である織田信長の後継者を誰にするか話し合います。

通説ですと柴田勝家が織田信孝こそ信長の後継者とするのがいいと指名。

しかし羽柴秀吉は勝家の意見に反対して

「信忠(のぶただ)様の嫡男・三法師(さんぽうし)様こそ織田信長様の

正統後継者にふさわしい」と提案。

この意見に丹羽長秀や池田恒興が賛成したことによって、

織田信長の後継者は三法師に決まることになります。

だが最近の研究によると信孝を推していた柴田勝家も

三法師を織田家の後継者にした方がいいと秀吉の意見に賛成していたとする

研究結果がだされているそうです。

レンも勝家・秀吉両名が三法師を信長の後継者とする動きが正しいのでは、

ないかと考えます。

その理由として、

山崎の合戦で大した活躍をしていない信孝や信長生存時からバカ殿と噂されていた

信雄が信長の後継者となれば、

織田家が乱れてしまい安定した統治を行うことができないと秀吉と勝家が

考えていたのではないのでしょうか。

また一次資料として「金井文書」や「多聞院日記(たもんいんにっき)」に

秀吉・勝家両名が三法師を信長の後継者とするべしと提案している記録が残されているそうです。

こうして第一議案である信長の後継者が決定されることになります。

 

第二議案:空白となった織田家の領土問題

 

さて次に行われたのは空白となった織田家の領土問題です。

この問題はスパット解決することになります。

まず秀吉は自らの本拠地を放棄して柴田勝家に上げてしまいます。

勝家は北陸の越前(えちぜん)を安堵し、

秀吉が領有していた北近江(おうみ)三郡を勝家が領有することになります。

さらに丹羽長秀には本拠・若狭(わかさ)を安堵され、

近江から二群を与えられることになります。

そして池田恒興は摂津(せっつ)から三郡を与えれることになり、

この会議に参加した諸将は秀吉以外加増されることになります。

秀吉は北近江を放棄した代わりに山城(やましろ)を貰うことになるのです。

さてこれら第二議案については、

秀吉が勝家の代わりに主導権を握っていたのではないかと考えられます。

秀吉はこの会議が終わった後、播磨(はりま)・姫路(ひめじ)城へ帰還すると

信長が好んで舞った幸若舞(こうわかまい)である「敦盛(あつもり)」を舞って、

大喜びしたとする記載があります。

領土の割り振りは君主にのみ許された専断権であり、

清洲会議で秀吉手動でこの国の割り振りが行われたのであれば、

秀吉が姫路で上機嫌に敦盛を舞った記述にも納得できます。

しかし勝家が君主の専断権を行使している秀吉の行動に

黙っているわけがありませんでした。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

清洲会議によって織田家の後継者が決まり、

織田家が有し空白地帯となっていた所領問題も解決することになります。

これで再び織田家が一枚岩となって信長が果たせなかった天下静謐に向かって

邁進するのかといえばそうではありませんでした。

勝家は清洲会議後秀吉が調子づいていく姿を見て、

秀吉に敵対する意思を見せ始めていきます。

そして秀吉と勝家の敵対関係は抜き差しならないところにまで、

発展していくことになるのです。

 

参考文献 ソフトバンク新書 秀吉家臣団の内幕 滝沢弘康著など

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:おんな城主 直虎を100倍楽しむ!今川に呪われてしまった井伊家宗家

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 後継者争いは出来レース?曹丕が皇帝に就くことは生まれる前から決ま…
  2. 日本の戦国時代はどうして起きたの?原因をざっくりと解明
  3. 【姜維の北伐】実は「絹の道」シルクロードを奪って西域との貿易を考…
  4. 【華麗なる名門一族】袁紹のおじいちゃん達ってどのくらいすごい人だ…
  5. 若し頃の劉備は暗殺されそうになったり、カッコ悪かったりと散々だっ…
  6. 戦国時代最大のミステリー・本能寺の変の謎に迫る!!
  7. 仏門教師・太原雪斎とはどんな人?今川義元の幼少期・青年期を支えた…
  8. 【曹叡なんか目じゃないぜ】キングダムの秦王政は土木工事が大好きだ…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. お酌上手になって株を上げよう!古代中国のお酒のマナーを紹介!
  2. 【秋射】命中率が低ければ降格処分も!厳しい三国志時代の勤務評定
  3. 後漢末から三国時代の世界情勢はどうなってたの?
  4. もし関羽が曹操の元に留まり劉備の元に戻らなかったらどうなっていた?
  5. 李通(りつう)とはどんな人?義侠心に溢れた魏の知られざる勇将
  6. 【孟徳新書】曹操の兵法書は敵の手に渡らなかったの?

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

呂玲綺(りょれいき)とはどんな人?史実でも実在したの? 【新事実】天下三分の計を実現させた立役者は魯粛であった 【曹操死す】卞皇后の一番辛くて長い日々 はじめての三国志開設2周年のご挨拶 三国志の時代にも可愛い巫女が存在した!?李傕や劉禅もハマった巫女事情 偶然の遭遇から因縁の仲へ!孫堅と董卓は元同僚だった!? 三国志の時代を震えさせる怨霊たち!特に呉には怨霊系の話が多い! 49話:許攸の寝返りが曹操を勝利に導く

おすすめ記事

  1. 鍾会の蜀討伐案と羊祜の呉討伐案の違いってなに?
  2. 劉備も茶を求めた?中国茶の種類
  3. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第九話「桶狭間に死す」の見どころ紹介
  4. 赤壁の戦い後の江陵攻防戦(曹仁VS周瑜)
  5. 三国志の人々の精神に影響を与えた論語(ろんご)って何?
  6. 張羨(ちょうせん)とはどんな人?天下分け目の荊州合戦、劉表と争った南郡の支配者
  7. 身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた?
  8. 呉と倭は外交交渉をしていたの?日本を目指した衛温と諸葛直

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP