三国志の著者・陳寿のミステリー 後編:三国志はどうやって完成したの?


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ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志のミステリー」のコーナーです。

 

 

それでは「三国志」の著者である陳寿(ちんじゅ)のミステリーについて話を進めていきましょう。

蜀は魏に滅ぼされ、陳寿の師である譙周(しょうしゅう)

司馬昭(しばしょう)の命じに応じて都・洛陽を目指します。

一方、陳寿は蜀の朝廷にあって官位を罷免され下野していました。

父親ほどではないにしても、ほぼ罪人扱いです。

しかし、ここから陳寿は晋で重用されることになります。

 

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前回記事:三国志の著者・陳寿のミステリー 前編:蜀滅亡


譙周と文立

 

譙周は洛陽を目指しましたが、途中の漢中で病を発し1年ほどこの地にとどまります。

そこに訪れたのが同郷の文立(ぶんりつ)です。

「詩教」「儀礼」「周礼」「礼記」を修め、費禕に起用された人物で、

蜀が魏に滅ぼされた後は梁州の別駕従事として活躍していました。

梁州とは益州を二分した北側のことです。

二人は共に隠棲している陳寿が再び表に出られるように話し合います。

その後、司馬炎(しばえん)が皇帝となって晋が魏に変わりました。

譙周が洛陽に入ったのはようやくこの頃になります。

騎都尉に任命されました。


陳寿の官途復帰

 

陳寿に再び官途がひらけました。

代わって譙周が病没します。

陳寿は益州の伝記を集め「益部耆旧伝」を撰著し始め、完成した後に文立に贈りました。

文立はそれを司馬炎に表呈し、評価を得た陳寿は中央に呼ばれて歴史編纂の官に就きます。

「佐著作郎」という官位でした。

そして司馬遷の「史記」、班固の「漢書」に続く優れた歴史書の編纂を目指すことになるのです。

 

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その後の陳寿

 

「王佐の才がある」と竹林七賢のひとりに評された張華は陳寿を大いに褒め称え、

中書郎に推挙しますが、張華のライバルである荀勖に妨害されます。

青州の新郡である長広郡の太守に任命されたり、それを断ったり、

鎮南将軍の杜預に黄門侍郎または散騎常侍へ推挙されたりします。

結局、法曹界に携わる治書侍御史に任じられました。

しかし呉が滅び晋が天下を統一した後、陳寿はまた罪に問われます。

もはや官途にこだわりがなかったようで家に籠り、三国志の編纂に四年の月日を費やしました。

こうして「三国志」は完成したのです。


三国志列伝について

 

陳寿が編纂した三国志に登場する人物を紹介しましょう。

「蜀書」には諸葛亮孔明はもちろんのこと、陳寿の師である譙周も伝があります。

諸葛亮孔明と義兄弟の契りを交わしていたとされる馬良の伝もあります。

しかし馬謖は見当たりません。

よく蜀書「馬謖伝」という言葉を耳にしますが、馬良伝の付録です。

陳寿は馬謖について深く突き詰めていないのです。

処刑された武将でいえば魏の鄧艾や鍾会も似たようなものですが、しっかり列伝が存在します。

蜀の魏延だって粛清されていますが伝があります。

ちなみに三国志とは別になりますが「晋書」では張華や陳寿の列伝もあるのです。

なぜ馬謖のものは存在しないのでしょうか。


  

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

まあ、馬謖伝がたてられなかったことはさておき、それ以上に不思議な点があります。

ここまで読んだ皆さんはいかがでしょうか。

あれ??って感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そうなのです。陳寿の父親の名前が残されていないのです。

どこにも記されていません。

賊徒出身の武将など素性のわからない人物は確かにいますが、陳寿は別です。

陳寿の父親は蜀に仕え、参軍まで務めた人物なのです。

兵法に関しては諸葛亮孔明や馬謖にも認められた才があったはずです。

陳寿は父親の名前を隠すためにわざと馬謖伝を編纂しなかったのでしょうか。

ミステリーですね。

はたして、歴史に精通した陳寿が隠し通したものとは何だったのでしょうか。

 

皆さんはどう思いますか。

 

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