盧毓(ろいく)とはどんな人?魏の逃亡兵を規制する法律に「待った」をかけた政治家


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劉備に学問を教えた廬植(ろしょく)は三人の息子がおりましたが、彼は早くになくなってしまい、戦乱の中で廬植の上二人の息子も亡くなってしまいます。しかし三番目の息子は生き残ることに成功し、三番目の息子の名前を盧毓(ろいく)と言います。

 

彼は崔琰(さいえん)に推挙されて魏へ仕えることになるのですが、ある法律に疑問を持ち曹操へ進言することになるのです。さて今回は盧毓が疑問に持った法律とその法律に対して彼はどのような進言を行ったのかをご紹介していきたいと思います。

崔琰の推挙によって魏に仕える

 

盧毓は父と兄達を亡くしてしまうと夫を亡くした兄嫁と父を亡くした兄の子供が盧毓の元に身を寄せてきます。彼はまだ青年期を迎えたばかりでありながら、必死に仕事を行いながら彼らを育てていきます。また兄嫁と兄の子供を養うために仕事をしながら一生懸命勉学に打ち込んでいきます。崔琰は廬植の息子の存在を知るとすぐに彼を推挙して魏に仕えさせることにします。


廬毓が仕えた頃の曹魏の状況

 

盧毓は崔琰に推挙されると冀州(きしゅう)で主簿(しゅぼ=事務員)の役職を貰うことになります。彼が主簿として働き始めた当初、曹操の領土は河北・河南など多くの州を領土としておりましたが、法律が各地に行き渡っていない状態で色々な問題が噴出しておりました。特に問題となっていたのは兵卒として徴兵した兵士達が勝手に逃亡してしまうことです。魏国は兵士達が逃亡兵となってしまうことを防ぐため逃亡兵に関しての法律を強化し、厳しく罰していくことにします。逃亡兵達に対しての法律とは一体何なのでしょうか。

 

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兵士が逃亡した場合、妻子も罰を受ける

 

曹操は逃亡兵が発生しないようにするために厳しい法律を制定します。その法律とは兵士が逃亡した場合逃亡した兵だけを処罰するのではなく、兵の家族である奥さんや子供までを処断するという厳しい物でした。この法律が制定されたことによって逃亡兵は激減することになるのですが、ある問題が発生することになります。


嫁いで数日しか経っていない妻が死刑!?

 

上記の逃亡兵に対する法律が制定された後ある兵士が逃亡。法律に照らし合わせて逃亡した兵士及び奥さんも処断されることになります。しかしこの逃亡兵の奥さんは嫁いできてから数日しか経っておらず、旦那の顔さえ見たことない状態でしたが死刑を宣告されてしまいます。冀州の事務員をしていた盧毓はすぐに「待った!!」をかけて、曹操へ進言書を送ります。


  

奥さんの身になって反対意見を述べる

 

盧毓は曹操へ「そもそも女子は結婚してから旦那と顔を合わせることによって、愛が生じるのです。もしあっていなければ愛は生じることなく無くなっていくでしょう。逃亡兵に対しては厳罰を持って処罰するのは間違いではなく大いに賛成ですが、まだ顔を合わせてもいない妻を処刑にするのはかなり刑罰が思いと思います」と奥さんの身になって反対意見を述べます。曹操は盧毓の進言を受けて逃亡兵の奥さんの処刑をやめさせて、軽い罰を与えるようにと命令をくだします。そして盧毓へ「お主の言うことは全て筋が通っており、優れた反対意見であった。すぐにこちらに来るように」と命令を受け、曹操の元で働く事になるのです。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

廬毓は逃亡兵の法律に対して筋の通った反対意見を述べたことによって、曹操の元で働くことになります。そしてこれがきっかけで彼はどんどん活躍していくことになり、ついには魏の重臣としてその名を歴史に留めることになるのです。もし彼が逃亡兵の法律を事務的に処理していたら、ただの下っ端役人としてその生涯を終えた可能性があるのではないのでしょうか。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書3 今鷹真・井波律子著など

 

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