編集長日記
李傕祭り

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

織田信長にとって最強の敵は武田信玄や上杉謙信でもなく本願寺顕如だった!

この記事の所要時間: 330




 

皆さんは織田信長の最大の敵といえば誰を思い浮かべるのでしょうか。

武田信玄(たけだしんげん)でしょうか。

それとも上杉謙信(うえすぎけんしん)でしょうか。

はたまた毛利輝元(もうりてるもと)・吉川元春(きっかわもとはる)

小早川隆景(こばやかわたかかげ)の毛利軍でしょうか。

上記であげた戦国大名や武将達は確かに織田信長において、

最強の敵と言っていいでしょう。

しかしレンが挙げる織田信長最強の敵は石山を拠点として、

10年以上も信長と戦い続けた本願寺顕如(ほんがんじけんにょ)だと思います。

そんな彼らですが、ついに信長は彼らを降す時がやってきます。

長きに渡る戦いに終止符を打つことになった石山本願寺(いしやまほんがんじ)

との和睦を今回はご紹介していきたいと思います。

 

センゴクを100倍楽しむ全記事一覧はこちら

関連記事:織田信長の息子達の名前がファンキーでかなりやばい!!




朝廷を動かして和睦を進める

 

信長は村井貞勝(むらいさだかつ)と明智光秀を呼んで今後の方針について話し合います。

彼は北陸方面軍の司令官である柴田勝家(しばたかついえ)が

加賀(かが)の一向一揆衆を壊滅する寸前にまで追い込んでいることを二人に教えます。

そしてこの勝家の軍勢が一向一揆衆を壊滅させるのと同時期に石山本願寺も

大阪から退去させたいと自らの方針を語ります。

二人は信長へ「どのようにして石山から本願寺を退去させるのか」と質問。

すると信長は「朝廷を仲介として本願寺を石山から退去させる

光秀には朝廷を動かすように。貞勝は和睦の草案を考えるように」と命令を下します。

こうして信長は10年以上戦ってきた宿敵である本願寺を大阪から退去させようと工作を

開始することになります。




光秀の工作により勅使が本願寺へ

 

明智光秀は信長から命令を出された後朝廷を動かすことに成功。

その結果、本願寺へ朝廷の勅使が送られることになります。

信長はもしこの和睦が失敗した場合のことを考えて和戦両方の姿勢を取っており、

この朝廷の使者が送られる前から総攻撃を石山へ仕掛けると噂を流しておりました。

本願寺は朝廷の勅使から和睦に応じるべしと知らされるとすぐに会議を開きます。

 

親子対立

 

本願寺顕如はすぐに重臣達を集めて織田軍との和睦に応じるべきか、

それとも織田軍と決戦を行って戦うべきなのかを話し合うべく会議を開きます。

顕如は重臣である下間頼廉(しもづまらいれん)へ「和睦に応じる場合の条件は一体何だ」と尋ねます。

すると頼廉は「大阪を退去すれば命を助けるとのことでした」と述べます。

この話をきいたある重臣は「伊勢(いせ)・長島(ながしま)で、

信長が行ったことを思い出してみよ」と述べます。

さらに別の重臣達は「いや。このまま戦っても織田に勝つ見込みなどほとんどない」と

語ります。

こうして会議は和戦どちらを取るべきか紛糾することになります。

そんな中、顕如の息子である教如(きょうにょ)は「ひとり残らず織田と戦って玉砕するべし」

と織田と決戦を行うべく主張を唱えます。

顕如は「お前の意見はわかった。

とりあえず期限まではまだ時間があるからじっくりと考えるべし」と語った後、

会議を解散します。

 

ついに和睦が決まるも・・・・

 

本願寺顕如はその後幾度も重臣達と会議を行った結果、織田と和睦するべしと考えをまとめて、

織田家にその旨を伝えることにします。

織田信長は顕如の和睦に応じて、総攻撃を中止を行います。

こうして織田信長最大の敵であった本願寺がついに和睦に応じて、

石山を退去することになるのです。

しかし本願寺顕如の息子である教如は和睦に応じることを良しとせず、

一向一揆衆を先導して織田軍に戦いを挑むべしと演説を行っておりました。

そんな中、織田軍は和睦に応じる本願寺顕如には施しを与え、

織田軍と戦うべしと述べている教如に対してプレッシャーをかけます。

こうした結果、和睦派と決戦派は互いに憎しみあっていくようになり、

顕如は石山を退去していきます。

教如は顕如が石山を退去した後も残って織田軍と戦う姿勢を見せ兵士達を鼓舞します。

しかし教如に従っていた兵士達は石山を退去した兵士達を見ていたことや

織田家が和睦に応じた兵士たちへ施しを行っている姿を見てしまったことなどによって、

戦意が低下。

教如も織田家と和睦をして石山本願寺を退去することになります。

こうして織田信長最大の敵であった石山本願寺がついに和睦に応じて、

消滅することになります。

 

戦国史ライター黒田レンの独り言

 

和睦に応じた本願寺顕如は紀州(きしゅう)の鷺ノ森へと退去することになります。

石山本願寺に篭城して戦っていた一向一揆衆は一体どうなったのでしょうか。

彼らは縁者を頼って石山を退去していったそうですが、

この時抗戦派の一派かもしくは篝火に風が強く吹き付けたことによってかなのかは不明ですが、

石山本願寺は全て燃え尽きてしまいます。

こうして本願寺との長きに渡る織田信長の戦いは終結されることになります。

 

参考文献 中公新書 信長の司令官 谷口克広著など

 

関連記事:楽しみながら戦国時代のエピソードを学べる歴史マンガ3選

関連記事:【センゴク祭り】織田家のトップに就任してから9年の歳月をかけた尾張統一

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第27話「気賀を我が手に」…
  2. 【官渡の戦い前哨戦】文醜はどうして敗北することになったの?
  3. 井伊直虎の許婚はどういう人?おんな城主 直虎をさらに楽しむ!
  4. 【日本史の嘘】長篠の合戦は鉄砲三段撃ちのワンサイドゲームでは無か…
  5. 聶栄(じょうえい)の弟の名を歴史に残すための執念がスゴイ!千里の…
  6. 【センゴク】鳥取城の飢え殺しはどんな戦略だったの?兵士の死亡率を…
  7. キングダムで秦の天下統一の鍵を握っている斉の国って誰が建国したの…
  8. 【戦国四君の食客の名言】人間関係を達観した馮驩の名言

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 劉表(りゅうひょう)とはどんな人?肥沃な土地と膨大な兵力を保持しながら、華々しい活躍をしないで終わった荊州牧
  2. 王騎将軍は二人いた!キングダムのカリスマの真実
  3. 鬼道の使い手である卑弥呼の女王即位と三国志の関係性
  4. 袁紹が死んでも息子たちが協力していれば曹操を倒せたの?
  5. 呉が好きな皆さんへ!五分でわかる孫呉の逸話を紹介【三国志逸話列伝】
  6. 楊沛(ようはい)とはどんな人?魏の諸将を恐れさせた行政官

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側 曹爽討伐に成功後の司馬懿の対応が神ってる 張紘(ちょうこう)とはどんな人?張昭と共に孫策・孫権を支えた補佐役 黒田官兵衛は本当に息子の活躍を苦々しく思っていたの? なぜか気になる夢占い!曹操も劉備も初夢を占った?古代中国の夢占いと衰退した理由 【見逃した方向け】情熱大陸に出演した原先生の苦痛の漫画人生 88話:劉備を大歓迎する劉璋だが張松の失策で崩壊する 93話:名将 張任、遂に堕ちる

おすすめ記事

  1. 【古代中国の伝説の聖剣】欧冶子が作った宝剣がとんでもない高価なモノだった!?
  2. はじめての三国志の「よくあるご質問」についてのお答え
  3. 【5分で分かる】意外と知らない孫呉滅亡のきっかけ
  4. 東方明珠のへなちょこ長江旅行記 その3
  5. 毛利家に敗北して浪人となった山中鹿之助の修行
  6. 李通(りつう)とはどんな人?義侠心に溢れた魏の知られざる勇将
  7. 張儀(ちょうぎ)とはどんな人?合従策に対抗した外交策を立て歴史に名を残した遊説家 Part.1
  8. 信玄の敵は謙信ではなかった?武田家を揺るがす最強の敵出現

はじさん企画

李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP