平安時代のつぶやき女子・清少納言は「文は文集・文選」という言葉を残しています。文を書くお手本にするならば、『白氏文集』と『文選』をお手本にするのが良いと清少納言は考えていたということです。
『白氏文集』は唐代の庶民派詩人・白居易の詩文集で、『文選』は、六朝時代の南朝梁の昭明太子によって編まれた詩文集。『白氏文集』は白居易個人の詩文集ですが、『文選』には春秋時代から昭明太子が生きた時代までの幅広い時代のたくさんの文人たちの文学作品が集められています。
『文選』ではたくさんの詩や文がどんな内容かによって37のジャンルに分類されています。その37のジャンルのうちの1つが「詠史」。「詠史」とは直訳すれば「歴史を詠む」ですね。しかし、ただただ歴史上の出来事を詠っているわけではありません。そこには文人たちの様々な思いが込められているのです。
詠史詩の起源
最初に詠史詩を作ったのは、後漢の班固と言われています。班固といえば、正史『漢書』を編んだことでも名高い人物。そんな歴史に造詣が深い彼は詩にも長けていたのです。それは、『漢書』の文章が『史記』と比べても精巧で四六駢儷文を思わせるほど美しいことからも想像がつきます。彼が詠んだ中国史上初の詠史詩は次のようなものでした。
三王徳彌薄、惟後用肉刑
(三王の徳彌薄く、惟れ後に肉刑を用う)
太倉令有罪、就逮長安城
(太倉令罪有りて、就ち長安城に逮わる)
自恨身無子、困急独煢煢
(自ら身に子無きことを恨み、困急にして独り煢煢とするのみ)
小女痛父言、死者不可生
(小女父の言を痛む、死者は生ずべからずと)
上書謂闕下、思古歌難鳴
(上書して闕下に謂うは、古歌の難鳴なるを思う)
憂心摧折裂、晨風揚激声
(憂心折裂するを摧き、晨風激声を揚ぐ)
聖漢孝文帝、惻然感至情
(聖漢の孝文帝、惻然として至情を感ず)
百男何憒憒、不如一緹縈
(百男何ぞ憒憒たるや、一緹縈にしかず)
これは、前漢時代の孝女・緹縈を称える詩です。緹縈の父は医者だったのですが、とある身分の高い人の診療を断ったがために、罪を着せられ捕まってしまいます。肉刑という体をひどく痛めつけられる刑を受けることになってしまった緹縈の父。この緹縈の父には男の子供がおらず、後継ぎがいません。もし緹縈の父が肉刑で生殖器を失って子供を授かることができなくなったならば、緹縈の一家は断絶してしまいます。男の子がいないことを常日頃嘆いていた父を見ていた緹縈は、意を決して文帝に直接嘆願書を届けに行きます。
その嘆願書を受け取って目を通した文帝はその身の上を憐れみ、以後肉刑を廃止したのでした。帝の心を動かした一人の少女の勇気に感銘を受けた班固はその出来事を詩として描かずにはいられなかったのでしょう。この詠史詩は実際にあった出来事を何の捻りもなく詠ったものとしてあまり評価されていません。しかし、班固はこの詩を作ることによって、ある主張を世に投げかけていたのではないでしょうか?実はこの肉刑、その後復活させた方がいいとの議論がなされていたようです。
もしかしたら班固が生きた時代にも肉刑復活論が巻き起こっており、それに対して異を唱えるために班固はこの詠史詩を詠んだのかもしれませんね。
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あの曹植も詠史詩を作った
班固の後、歴史上の出来事に風刺を託した詠史詩はどんどん作られるようになっていきます。曹丕と後継者争いを行ったとして有名なあの曹植も詠史詩を作っているのでご紹介しましょう。
「三良詩」
功名不可為、忠義我所安
(功名は為すべからず、忠義は我の安んずる所なり)
秦穆先下世、三臣皆自残
(秦穆先ず下世して、三臣は皆自ら残う)
生時等栄楽、既没同憂患
(生時に栄楽を等しくし、既に没して憂患を同じくす)
誰言捐軀易、殺身誠独難
(誰が言う軀を捐つるは易しと、身を殺すは誠に独り難し)
攬涕登君墓、臨穴仰天歎
(涕を攬りて君の墓に登り、穴に臨み天を仰ぎて歎ず)
長夜何冥冥、一往不復還
(長夜の何ぞ冥冥たる、一たび往きて復た還らず)
黄鳥為悲鳴、哀哉傷肺肝
(黄鳥為に悲鳴し、哀しいかな肺肝を傷ましむ)
曹植は秦の穆公が世を去ったときに3人の臣下が後を追ったことを詠っています。3人の臣下たちの死を誹る者もいたようですが、曹植はその3人の姿を美しいと讃えているのです。
父・曹操への想い
穆公の後を追った3人の臣下に対して一種の憧憬のようなものを感じさせる曹植の「三良詩」。この詩で曹植は何を伝えたかったのでしょう?おそらく曹植は穆公に父・曹操の姿を、3人の臣下に自分の姿を映しているのでしょう。
三国志ライターchopsticksの独り言
父が亡くなった後もただただ生きながらえている自分…。曹植は父の後を追いたかったのかもしれません。
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