西郷隆盛が実行した廃藩置県はどんな偉業?

2018年12月1日


 

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西郷隆盛

 

今回は西郷隆盛(さいごうたかもり)が実行した偉業の中で廃藩置県について取り上げます。江戸幕府の時代は幕藩体制といい、藩主は武家諸法度を遵守しつつ藩独自の政治を行っていました。幕末で欧米列強が日本に接近すると、藩がバラバラで独自の政治をしていたら日本が一丸となって欧米列強に立ち向かえないという考えが生まれました。

 

幕末軍服姿の西郷どん 西郷隆盛

 

明治政府は中央集権化を目指して改革を断行します。この記事では、幕藩体制から中央集権化に至るまでの過程と版籍奉還・廃藩置県の概要について説明します。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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幕藩体制とは

天下を収めた徳川家康

 

 

幕藩体制とは江戸時代の政治体制です。諸藩が本百姓の納める年貢を基盤にして藩にいる人々を支配しました。全国の藩は武家諸法度を守らなければなりませんが、警察や裁判などは藩独自で行っていました。藩主が独自に政治を行うことができたことから、幕藩体制は現代と異なり、地方分権と言えるのかもしれません。

 

 

 



版籍奉還と廃藩置県―中央集権化に向けて

大久保利通

 

版籍奉還は1869年に全国の藩主に版(土地)と籍(人民)を明治新政府に返上させた改革のことを言います。明治新政府の大久保利通(おおくぼとしみち)木戸孝允(きどたかよし)が建議しました。薩長土肥の4藩主が先に版籍奉還を行い、他の全ての藩が薩長土肥にならって返還しました。

 

版籍奉還後、旧藩主は知藩事として幕藩体制の頃と変わらずに支配を続けました。知藩事としての給料は明治政府より受け取っていましたが、明治政府は給料を払い続けていたため財政難になっていました。廃藩置県とは1871年に幕藩体制を解体して全国を明治政府の直轄にしたことを言います。大久保利通と木戸孝允が建議しました。薩長土の3藩が御親兵を集めて武力を強化して藩をなくしました。

 

知藩事という役職はなくなり、リストラされました。旧藩の債務は明治政府が引き継ぐことになりました。明治政府は中央集権化を目指すために、廃藩置県後の府と県の数を3府302県から3府43県にまで減らしました。府は東京・大阪・京都の重要地に置かれました。廃藩置県により全国の府県の首長は府知事・県令と呼ばれました。ただし、当時の府知事・県令は、戦後の都道府県知事とは異なり、中央からの派遣された人で、選挙では選ばれていません

 

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

三国志ライター オフィス樋口

 

 

今回は版籍奉還と廃藩置県によって中央集権化に至るまでの過程を取り上げました。明治政府が中央集権化という構造改革を成し遂げられた理由として西郷隆盛が重要な役割を果たしたことが挙げられます。戊辰戦争後の明治政府は財政基盤と兵力が脆弱でした。NHKの連続テレビ小説『あさが来た』で見られたように、明治政府は大阪の商人から借金をしていました。

 

幕末 大砲発射

 

明治政府は借金を元手に幕府を倒し新政府を立ち上げていました。また、明治政府は地租改正という税制改革で農民に負担を強いていたことから暴動も起こっていました。明治政府の立て直しのために、大久保利通ら明治政府は鹿児島に戻っていた西郷隆盛を東京に呼び出します。東京に上京した西郷隆盛は改革を断行しました。西郷隆盛がいたから版籍奉還と廃藩置県という中央集権化という国の形を大幅に変える改革を成し遂げることができました。

 

 

不満を持っている志士(武士・兵士・村人)

 

西郷は明治政府内で陸軍大将となり、版籍奉還と廃藩置県の改革をしていましたが、明治六年の政変で下野します。その後、不平士族による最後の反乱・西南戦争で自害しました。最後に、戦前の府知事・県令は選挙で選ばれていませんが、戦後になって都道府県知事は選挙で選ばれます。選挙で都道府県知事は選ばれていますが、未だに中央集権化の体制は残っています。中央集権化から地方分権に向けて、道州制の議論が行われています。今後の中央集権から地方分権に向けての議論にも注目したいと思います。

 

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西郷どん

 

 

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自己紹介:フリーランスで予備校の講師をしています。 歴史が好きで、予備校では主に日本史を指導しています。 センター試験の点数を40点台から80点台に伸ばした実績があります。 好きな歴史人物:徳川慶喜(理由:多趣味であることが共通しているから)

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