武家文化は力強く堅実だった


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鎌倉時代の服装

 

鎌倉時代の文化の特色をひとことで表すと、平安時代までの優雅(ゆうが)な公家文化と、

力強く堅実な武家文化が入り混じって誕生した新しい文化である、ということができます。

 

それまでの平安時代では、平安京を中心に、公家たちによる華やかな文化が形成されていました。

服装では十二(ひとえ)、文学では源氏物語などを思い浮かべることができます。

しかし、鎌倉時代になると服装は小袖、文学では平家物語というように、質実剛健な文化へと変わっていきます。

 

鎌倉時代の初め、源頼朝(みなもとのよりとも)が政治の実権を握りましたが、経済の中心は依然として京都にありました。

そして朝廷や公家の勢力が強かったので、鎌倉文化の初期はこうした公家たちの影響を大きく受けていたのです。

 

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鎌倉時代の和歌や文学

鎌倉時代の和歌や文学

 

鎌倉時代には優れた和歌が数多く作られました。

1205年に編纂された「新古今和歌集」では、後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)藤原定家(ふじわらのさだいえ)式子内親王(しきしないしんのう)の優れた和歌を楽しむことができます。

技巧的な和歌の数々から、鎌倉時代の文化人がどのような考え方や人生観を持っていたのかということを推測することができます。

 

「新古今和歌集」に登場する式子内親王は、後世にたくさんの和歌を残したわけではありませんが、現存する和歌の多くが高い評価を得ている

素晴らしい女性歌人です。

また、武士たちの活躍を記した「平家物語」などの軍記物が登場する一方で、王朝時代を懐かしむ懐古物語も作られました。

 

「平家物語」は軍記物の最高傑作とされ平敦盛(たいらのあつもり)木曽義仲(きそよしなか)といった個性豊かな武士たちの心情に思いをはせることができます。

また、巴御前(ともえごぜん)のような魅力的な女性も物語に登場します。

懐古物語の分野では、「住吉物語」など、現代の私たちが読んでも楽しめるような物話がたくさん作られました

しかし、鎌倉時代末期になり、政治や文化の中心が完全に武士たちへと移ってしまうと、懐古物語は衰退してしまいました。

 

 

鎌倉時代の宗教

 

鎌倉時代、武士や庶民のための新しい仏教の宗派が生まれました。

浄土宗(じょうどしゅう)浄土真宗(じょうどしんしゅう)時宗(じしゅう)日蓮宗(にちれんしゅう)臨済宗(りんざいしゅう)曹洞宗(そうどうしゅう)のことを鎌倉新仏教といいます

 

浄土宗、浄土真宗、時宗、日蓮宗はそれまでの仏教の教えの中から生まれましたが、厳しい戒律や寄進は必要とせず、庶民でも分かるように

簡単な内容となっていました

また、臨済宗と曹洞宗は中国から輸入され、この時代に日本へ入ってきた仏教です。

 

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鎌倉時代の芸能

鎌倉時代の芸能・田楽

 

鎌倉時代は様々な芸能が発展した時代でした。

田楽(でんがく)猿楽(さるがく)のほかに、白拍子(しらびょうし)が登場したのもこの時代だったのです。

田楽は、田植えの前に豊作を祈るための伴奏がついた舞踊でしたが、鎌倉時代になって形式が整い、芸能として洗練されていきました。

 

ところで、現代でも居酒屋などのメニューにある、白い豆腐に色のついた味噌をつける串焼きのことを「田楽」といいますが、

これは、白い袴を身につけ、色のついた上着を羽織った田楽法師(でんがくほうし)と見た目がそっくりなことからこの名前がついたそうです

 

また、猿楽は後に能楽と呼ばれるようになった日本の伝統舞踊です。

猿楽自体はとても歴史の古い舞踊ですが、鎌倉時代になると寺社との結びつきを強め、座を組織して公演を催す集団も現れました。

白拍子は、田楽や猿楽と比べるとあまり有名ではないかもしれませんが、鎌倉時代特有の舞踊であり、女性が男装して踊る舞踊です。

この白拍子は室町時代には衰退してしまいましたが、鎌倉時代、大変な人気を集めました。

 

平清盛(たいらのきよもり)の愛妾となった妓王(ぎおう)源義経(みなもとのよしつね)の寵愛を受けた静御前(しずかごぜん)など、歴史上の有名人物に愛された白拍子が数多く存在しました。

鎌倉時代の男装の麗人は当時社会的地位が高かった男性の心を掴み、魅力したのかもしれません


  

 

 

今見てもカッコイイ!鎌倉時代の建築

五重の塔

 

中国の宋から日本に入ってきた大仏様と呼ばれる建築様式に加え、禅文化の影響を受けて成立した禅宗様という建築様式により、

多くの寺院が建てられました。

大仏様は最小限の材料で大建築ができる合理的な建築様式で、東大寺南大門などがこの様式で作られています。

 

禅宗様は、全体的に背丈の高い外観を作り出すことができ、この様式では円覚寺舎利殿が有名です。

どちらの様式も質素で力強く、過度な彩色を施さないため、質実剛健な鎌倉時代の文化を象徴する建築様式であるということができるのです。

 

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