資本論には何が書いてあるの?【前編】


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1867年資本論表紙

画像:1867年資本論表紙Wikipedia

 

1867年ドイツで20世紀の歴史を大きく揺るがす一冊の本が発刊されました。

それが、カール・ハインリヒ・マルクスが書いた資本論です。

やがて資本論に影響を受けたレーニンや毛沢東(もうたくとう)が共産主義革命を成功させ、20世紀世界はアメリカを盟主とする資本主義陣営と

ソビエトを盟主とする社会主義陣営に二分されます。

日本は資本主義陣営に入る事になったので、マルクスは共産主義の親玉のように思われ資本論も共産主義の洗脳書のように思われています。

しかし、難解な資本論を読破した人はそう多くはない筈で、そこに何が書いてあるか本当は知らない人も多いのでは?

そこで、今回は20世紀を席巻(せっけん)した資本論についてkawusoが解説します。

 

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マルクスはどうして資本論を書いたの?

カール・マルクス

画像:カール・マルクスWikipedia

 

資本論とは、資本家と労働者の関係について記述された本です。

マルクスは労働こそが富の源泉であり資本家は富を得る為に労働者を働かせ付加価値をつけて販売する事で利益を得たとします。

資本家は労働者に賃金を払い、残りの富を使い事業を拡大していきますがやがて、より儲かりたいという欲望から無秩序に事業を拡大して恐慌を起こし

労働者を解雇して失業者を増やしていきます。

それは、困った事ですが、どこをどう変えても資本主義では好景気と恐慌が交互に起こり労働者は常に失業に(おび)えて生活しないといけません。

マルクスは、どうしてこのような事が起こるのか?を詳細に分析し資本論にまとめ、資本主義の行きつく果てを提示したのです。

 


 

お金の登場が社会の富を増やした

まだ漢王朝で消耗しているの? お金と札

 

太古の昔から人間は労働により商品を生産していたとマルクスは説きます。

商品とは肉や魚や農具や装飾品のような使って有益な物質の事です。

 

野菜を育てる人、魚をとる人、獣を獲る人は労働によってそれらの商品を手に入れ、最初はそれらを自分で消費して生活していたわけです。

しかし、ある段階で人間は商品を交換すると、より生活の質が向上し暮らしが便利になる事に気が付きます。

こうして、物々交換(ぶつぶつこうかん)が始まりますが、肉や魚はすぐに腐ってしまうので物々交換では効率が悪い事に気が付き、やがて商品そのものではなく、

貴金属で造った貨幣を媒介して商品を手にれるようになりました。これは、人類社会に画期的な変化をもたらします。

腐ってしまう肉や魚や野菜では、保存するといっても高が知れていますが、貨幣ならいつまでも保存でき蓄積(ちくせき)できるからです。

 

また、貨幣が普及すると何から何まで自分で生産しなくてよくなります。

自分は陶器だけ焼いても、この陶器を売ってお金に変え、それで市場に行き、肉や魚や野菜と等価交換していればいいのです。

これにより人間社会には分業(ぶんぎょう)という概念が生まれました。

 

つまり、魚を捕る人は魚を捕る事に特化し野菜を育てる人は栽培だけすれば良くなり

自分で何でもかんでもやっていた時代より生産性が向上したのです。

 

労働の結果生まれる商品が分業で増加するという事は商品が増え生活が豊かになる事を意味しています。

お金の登場により商品は増加し、それを売買して得られる富も爆発的に増加していく事になるのです。

 

やがて、大規模な商売をする商人が登場すると、重たい金属貨幣は取引に面倒で、また貨幣を運ぶ途中で盗賊に襲われる危険が高くなり

不便になります。

そこで、富を蓄えた両替商のような存在が商人から貨幣を預かり手数料を取り、いつでも貨幣と取り替える事が出来る預かり証書を発行します。

この預かり証書がやがて紙幣(しへい)になり、銀行が登場するようになりました。

 

【お金で見てみる三国志の舞台裏】
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資本家が誕生する

チャーチル

 

市場経済が発達すると、商品を生産→お金に変換→商品を購入という流れが加速します。

これをマルクスはw-G-wと呼んでいます。

wはドイツ語で商品という意味のWarenの頭文字を取ったもので、Gはドイツ語のGeld(ゲルヅ)で金の事です。

ところが、際限なくw-G-wを繰り返す間に、こちらをG-w-Gに交換する人が出ます。

つまり、元々は生産した商品をお金に変えて必要な品物と交換する場所だった市場で

最初からお金を持って商品を購入しこれを自分で消費せずに売って、生計を立てようという別の目的を持つ人が誕生したのです。

 

しかし、ただ商品を買って転売するだけでは、大した儲けがありませんよね?

そこで、この人は買ってきた商品を色々工夫して付加価値をつけて売りました。

例えば、牛革を買ってきて、これを(なめ)して加工して靴を作ります。

そうすると、ただの牛革の時より便利になって価値が高くなりますね。

これを商品に付加価値(ふかかち)をつけると言います。

 

付加価値で儲かると、この人は自分だけで生産するのがしんどくなるので、人を雇ってより大規模に靴を生産していくようになります。

こうして、貨幣を媒介して必要な商品を手に入れるのではなく商品に付加価値をつけて、儲けようという人が登場しました。

そう、この人たちこそが資本主義社会を成り立たせる資本家(しほんか)なのです。


  

 

 

社会変革から労働者が誕生する

 

貨幣を仲介する事で分業が可能になった社会ですが、その上部には、王や貴族や僧侶のような支配階級が存在します。

これを封建制と言いました。

社会は上部組織から、抑えつけられ租税を掛けられ搾取されまた移動や職業の自由も制限されていました。

ところが、そのような抑圧に対して下部組織にいた資本家や庶民の不満が爆発マルクス史観的な言い方をすると、ブルジョア階級が庶民を扇動し

革命を主導して王政を倒し貴族を追放、僧侶から特権を奪ってしまいます。

 

そのような革命が起きなかった国でも次第に専制支配に批判が集まり、徐々に封建制が解体されていくようになります。

結果、自由な社会が実現し、人々はどんな仕事にでもつけるようになり同時に移動の自由も認められるようになりました。

こうして、農村の生活を捨てて都市に出てくる人々が誕生します。

イギリスでは産業革命で織物工業が盛んになり、地主階級が資本家になり小作人に貸していた農地を牧羊の為に柵で囲い込んで羊を放ち

農民を追い出したりもしました。

これを囲い込みと言いますが、土地を奪われた農村人口は都市部に流れ込み自分達を追い出した羊毛を加工する織物工場の労働者になるのです。

 

資本家は、このような農村からの人口を吸収し大規模な工場を建てて、大勢の労働者を集中して働かせて生産効率を高めようとします。

何百人、何千人が決められた時間を資本家に売り、集中して商品を製造してくと、封建時代の分業とは比較にならない大量の商品を生産できます。

マルクスが言う資本論はこの時点から始まるのです。

 

参考文献:池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」著:池上彰

 

kawauso編集長の独り言

 

貨幣経済の発達から分業の確立、資本家の誕生と労働者の誕生までを書きました。

マルクスは拡大・膨張しながら、恐慌によって失業と貧困をまき散らす資本の正体を見極めて、その法則性を見出そうとした人だったのです。

さて、後編では、お互いを必要としながら対立していく労働者と資本家のメカニズムを解説していきます。

 

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