宋代(960年~1279年)は印刷術が盛んになった時代でもあります。そのため、知識階級の人たちは頻繁に自分が執筆した書物を出版していました。販売したり人もいましたが、知人に贈呈する人が多かったようです。さて、今回は宋代でも南宋(1127年~1279年)に執筆された『宋名臣言行録』という書物について解説します。
昭和まで知られていた書物だった
『宋名臣言行録』は現在では馴染みの無い書物ですが、実は少し前まで日本では知られていました。明治天皇が愛読していたのです。それどころか、昭和(といっても1970年代)までサラリーマンの処世術の本として知られていました。実際に1970年代までに多数の翻訳本が出版されていました。
宋名臣言行録の書いている内容は・・・・・・
ところで書いてある内容はどんなものだろうか。執筆者は朱熹という人物です。この人物は朱子学の開祖で有名です。朱子学は江戸時代に日本に輸入されて官学として重宝されました。
『宋名臣言行録』は朱熹が残した作品の1つであり、江戸時代に日本に輸入されました。
おそらく、朱子学の開祖が執筆したものなので、ありがたく思ったのでしょう。日本人は今も昔も舶来品に弱いですね。さて、内容は北宋(960年~1127年)に実在した官僚たちの善行を記しています。おそらく朱熹も、この本を読んで人としての処世術を学びなさいと言いたかったのでしょう。
史料的価値と評価
さて、明治天皇の愛読書でもあり、一時期はサラリーマンの処世術本だった『宋名臣言行録』ですが、史料的価値はどんなものでしょうか。答えは無しです。『宋名臣言行録』の文章は他の史料から転写しただけです。そのため、史料に欠点が出たのです。それは以下3点です。
(1)Aという人物の伝記に良いことが書かれても、Bという人物の伝記にAの欠点が書かれている。
(2)Cという人物の伝記に良いことが書かれても、朱熹が書いた他の出版物に欠点が書かれている。
(3)Dという人物の伝記に良いことが書かれても、第三者の史料に欠点が書かれている。
このため出版当初から、評判は非常に悪かったのです。例えば朱熹の友人の呂祖謙は次のようにコメントをしています(直訳は堅苦しいので、現代の人に分かりやすくしています)
「最近、『宋名臣言行録』という本があるのだけど、お前が書いたってマジか?あれは色々ヤバいよ」これに対して朱熹も次のコメントを返しています。「大急ぎでやったことだから、誤りが多いね。悪かった」このように、本人も失敗作と認めていたのです。ちなみに朱熹は弟子にも失敗作だったと認めています。
宋代ナンバーワンの名臣・范仲淹
史料価値について話しましたが、実際はどんな人物が記されているのでしょうか。具体的な例を挙げてみましょう。この書物にぴったりな人物は范仲淹だと思います。范仲淹は北宋第4代仁宗の時の宰相です。また、宋代ナンバーワンの名臣と言われています。日本では無名に等しいですが、中国では有名です。
范仲淹は幼き日から清廉潔白な人物であり、苦学して科挙(官吏登用試験)に合格しました。常に国家の事を考えて、自分の楽しみは後にしていました。范仲淹が生きた時代は、創業当初の法律に乱れが生じ始めた時期だったのです。范仲淹は同志と一緒に新しい法改正を行って、官界の規律を正そうとします。これを「慶暦の党議」と言います。残念ながら大したことも出来ずに、改革は終わります。しかし、新しく何かを成し遂げようと試みたことから、後世の人から宋代ナンバーワンの名臣として称賛されました。
しかし実際の姿は・・・・・・
『宋名臣言行録』に書かれている范仲淹は、上記のような人物です。しかし、他の史料を見ると全く別の人物像が出てきました。范仲淹は若い時、貧乏だったので朱家の養子になっており、名前も朱説と名乗っていました。しかし、裕福な范仲尹と知り合って、一族の契りを結び、名前も范仲淹に戻しました。
ところが范仲尹のお金を浪費して、挙句の果てに范仲尹が困っても助けませんでした。それどころか、若い時に世話になった朱家にも恩返しをしていません。さらに「慶暦の党議」の時は周囲に羽振りの良い姿を見せて、仲間を集めてまわったのです。そういう人物像を皇帝に見破られて、地方に追いやられたのでした。結局、宋代ナンバーワンの名臣もただの人でした。
宋代史ライター 晃の独り言
『宋名臣言行録』は〝教科書〟です。中に書いてあることは本気で受け取らないでください。もちろん本当のこともあるかもしれませんけど、ほとんどが、美化するための作り話だと思ってよいです。皆さんも暇な時に一読してみてください。
※参考
・朱熹編 梅原郁編訳『宋名臣言行録』(初出1986年 後にちくま学芸文庫 2015年)
・宮崎市定「宋代の士風」(初出1953年 後に『宮崎市定全集11 宋元』 岩波書店 1992年)
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