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呂不韋の狼狽は城壁がないから
キングダムでは咸陽に城壁がないという描写はありません。
しかし、李牧の軍勢が武関を通過して咸陽に近づいているという報告を聞いた呂不韋の狼狽は、並大抵のものではありませんでした。
彼は秦王政を朱凶等暗殺部隊を使って殺してしまい、その首を李牧に与える事で城を明け渡して和睦し、自分は恩恵を得ようと
もくろんでいると肆氏は報告しています。
ところが秦王政の動きは呂不韋よりも早く、自ら咸陽の最前線の蕞に向かいました。
もちろん、政を暗殺しようとする呂不韋の動きも、蕞を救援しようとする秦王政の動きもキングダムのフィクションです。
ただ、もし咸陽に城壁はないという前提で作者が蕞の戦いを描いていたとすれば蕞が陥落したらオワコン(咸陽には城壁がないから)という
危機意識はなんだかストンと腑に落ちるようにkawausoは思います。
そうでないなら邯鄲だって数年持ったのですから、咸陽にしても長途遠征の合従軍に対し、ここまで深刻な危機意識は持たないと思うのです。
キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言
今回は咸陽に城壁はなかったという話から、本当にヤバかった蕞の戦いに繋げてみました。
キングダムでは蕞の戦いは七日間も続き、最後は山の民の参加で李牧が兵を退くという展開で終結しました。
漫画でも屈指の熱い展開でしたが、もし咸陽に城壁がなかったなら史実でも、かなりの激戦になったでしょうね。
参考文献:春秋戦国の英傑たち五覇七雄の光芒
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