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楊脩は正史ではなぜ殺された?理由のはっきりしない処刑

2020年7月1日


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楊脩は正史ではなぜ殺された?(1P目)

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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楊脩処刑までのいくつものきっかけ

曹植と曹丕に期待する曹操

 

また元々曹操は曹植に目をかけていましたが、曹丕を後継ぎと決めるとその障害とならないためか曹植と親しい楊脩を処刑する機会を窺っていた、という話もあります。

 

曹操

 

眉唾な所では楊脩の母親が袁術と縁続きだったため、曹操が身内に置いておかないように考慮したのでは……?というものもありますが、はっきりとしたことは一つ。曹操が楊脩を処刑した理由は、正史に明確には記載されていないのです。

 

三国志演義での楊脩の扱い

三国志演義_書類

 

このため三国志演義で楊脩の扱いですが、退場の理由付けが難しいことになったのでしょう。ですが三国志演義は言ってしまえば連載小説みたいなもの、退場させるには理由が要ります(※必須ではありません)。

 

手紙を読む曹操

 

有能っぽい武将がいきなり処刑されるには……事前に曹操の思惑に気付いた……それ以前から後継者問題に関わってきた節がある……よし!性格に難があったようにしよう!と、いう感じで三国志演義での楊脩のキャラクター付けをされてしまったのではないでしょうか?

 

曹操

 

またそのお詫びのように、処刑するも曹操は楊脩の考えを認め、遺体を手厚く葬るようにしています。そういう意味では、この埋葬の命令は作者からのお詫びだったのかもしれませんね。

 

賈ク先生のさり気ない有能さ

賈詡

 

さて、最後にちょっとした小話を。筆者が楊脩を思い出すと、実は思い起こされるのが()ク先生です。なぜなら賈クは曹操に後継者問題を尋ねられた時に、ただ「袁紹(えんしょう)劉表(りゅうひょう)のことを考えていました」とだけ返しました。

 

曹操に重宝される賈ク

 

後継者は長子にした方が良いというアドバイスですが、何ともさり気なく、そしてはっきりと言葉にしないこのテクニック、にくいです。三国志演義での楊脩の動きを見ていると、この賈クの振る舞いができればなぁ、と何だか考えてしまうんですよね。以上、楊脩の話にもさり気なく出てきてしまう賈ク先生の小話でした!

 

三国志ライター センのひとりごと

三国志ライター セン

 

ふと三国志演義を見直して楊脩のキャラクター付けを見ていると、処刑されるだけの理由がある、と思わせながらも、曹操の心を見抜いていた、というさり気ない曹操下げもあるんだな、と何だか感心してしまいます。

 

しかし同時に三国志演義での楊脩の性格付けも、調べてみると中々に考えられて練り込まれているんだなとも思いました。こういった正史と演義の違いは面白いので、ぜひ皆さんも正史と演義の違いをもっともっと楽しんでみて下さいね。

 

文:セン

参考文献:益部耆旧雑記 魏書武帝紀が引く九州春秋 世語

 

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セン

両親の持っていた横山光輝の「三国志」から三国志に興味を持ち、 そこから正史を読み漁ってその前後の年代も読むようになっていく。 中国歴史だけでなく日本史、世界史も好き。 神話も好きでインド神話とメソポタミア神話から古代シュメール人の生活にも興味が出てきた。 好きな歴史人物: 張遼、龐統、司馬徽、立花道雪、その他にもたくさん 何か一言: 歴史は食事、神話はおやつ、文字は飲み物

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