三国志時代の庶民はどんな甘いものを食べていたの?

2022年11月15日


袁術と一緒にはちみつを楽しむ袁燿(えんよう)

 

三国志の時代には、サトウキビはほとんど伝来していないので砂糖を使用した甘味はありませんでした。貴重な甘味料としては袁術サマ御用達の蜂蜜がありましたが、非常に高価で庶民の口に入るモノではありません。

 

水滸伝って何?(村人・赤ちゃん)

 

しかし、一方で庶民は水飴のようなものを食べていたようです。砂糖がないのに、その原材料は何だったのでしょうか?

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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三国志時代の甘味料は米

五斗米道の教祖・張魯

 

三国志の時代の甘味料、それは米でした。もちろん、そのままでは米は甘味料にならないので、焚き上げた米に麦芽とお湯を加えて一晩寝かせます。三国志の時代は麦芽ではなく発芽玄米を使っていたそうです。

 

 

糖化が進むと液体が褐色に変化

伊尹 料理人

 

糖化がすすむと米からは液体が出てきて褐色に変化します。この液体を布で濾して抽出し液体を煮詰めてアクを取ります。この工程を繰り返し水分が蒸発して飴状になるまで煮詰めると米飴の完成です。

 

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

三国志の時代は病人の栄養食や、母乳がわりのミルク歯がなく食事が食べられない老人の食事として重宝されたそうで料理にも調味料として利用されました。孟達が益州の料理は味が薄いので蜜をかけていると曹丕に語ったのは有名ですが、その中には米飴も含まれているのでしょう。

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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