趙滅亡は「秦」の力ではなく大地震のせいだった!

2022年11月19日

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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敗北し倒れている兵士達b(モブ)

 

週刊ヤングジャンプに掲載されている中国春秋戦国時代漫画キングダム。現在、キングダムでラスボス扱いなのは、趙の李牧ですが彼は一度秦を趙から追い払った後、再び攻めてきた秦の王翦の謀略で味方の手で殺害されます。

 

餓えた農民(水滸伝)

 

 

しかし、一度は大打撃を与えた秦がどうして数年後に戻ってこれたのでしょうか?その原因は趙の失策でも李牧のせいでもなく、大地震のせいでした。

 

 

秦に大勝利した翌年に大地震発生

炎上する城a(モブ)

 

紀元前231年、李牧が秦軍を撃破して追い払った翌年、趙北部、代の地で大地震が発生します。地震は直下型で都邯鄲も大打撃を受け、大地には1.7キロもの裂け目が生じました。趙の人民は大地震の復旧作業に追われ野良仕事どころではなく、それにより紀元前230年は大飢饉が発生してしまいます。

 

 

大地震に付け込み秦が侵略開始

順調に将軍まで出世する陳武

 

秦はこの天が与えた幸運を逃さず、すかさず王翦に大軍を与えて攻め込ませました。いかに名将李牧といえど、人民が飢えている状態でまともな戦いは出来ず、防戦一方となり、そこに王翦からの賄賂による讒言もあり趙王の命令で首を斬られてしまったのです。

 

 

内容に納得がいかないkawauso様

 

 

天災が歴史を変えるとは人力の及ばぬ運命を感じますが、この大地震が無ければ秦の天下統一は、10年ではなし得なかったでしょう。

 

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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