水野信元とか言う胸糞悪いジジイは何なの?【どうする家康】

2023年1月26日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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水野勝成

 

NHK大河ドラマ「どうする家康」第3話「三河平定戦」では、家康の伯父である水野信元が登場しました。少し前に流行したちょい悪親父風のいでたちで登場し甥である家康に対しても妙に馴れ馴れしい信元ですが、実は家康の恩人なのです。

 

 

三方ヶ原で浜松城に逃げ込んだ家康を守る

ヘタレすぎる徳川家康

 

あのちょい悪親父が、いつ家康を救うのか?それは家康最大の窮地でもあった武田信玄の上洛の時です。家康は浜松城に籠城すべしという元信の進言を無視して三方ヶ原で武田軍を迎え撃ち惨敗。そのまま浜松城に逃げてきました。追撃にやってきた武田軍に対し、疲労困憊の家康に代わって指揮を執ったのが水野信元だったのです。

 

 

 

信元は夜中に盛大に松明を焚き、各所に鉄砲隊を配置して武田軍を威嚇、先を急ぐ武田軍は時間がかかる籠城戦を放棄して、浜松城を素通りしました。元信は甥の家康を救ったのです。

 

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桶狭間でも家康を救う

家臣にどうする?と迫れられる徳川家康

 

 

水野信元は桶狭間の戦いの時でも、敗走する家康が落ち武者狩りに合わないように家臣を派遣して村人を説得していたとする話があります。これが事実なら信元は2回も家康の窮地を救っていた事になりますね。

 

 

実は信玄に並ぶ石高

ちょっとしたことでブチ切れる織田信長

 

 

織田信長の前では借りてきた猫のような信元ですが、石高は最終的に24万石に到達し、武田信玄の本拠地である甲斐に匹敵します。そのためか信元は晩年の信長に危険視され、謀反の嫌疑をかけられて殺されてしまうのです。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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