戦国大名の中で朝倉義景についての評価は決して高いものではありません。特に足利義昭を擁していながら再三の義昭の上洛要求にも応じず、結局は義昭に逃げられて、織田信長の上洛を許してしまった経緯では、優柔不断な無能者呼ばわりです。
しかし、その評価は正当でしょうか?
今回は織田信長中心史観を離れ、朝倉義景が上洛しなかった本当の理由を考えてみます。
将軍元気で留守がいい
永禄11年(1568年)織田信長は足利義昭を奉じて上洛を果たします。日本史区分では、この歳から中世と近世を分けたりしますので信長の上洛は象徴的な意味を持っていると言えるでしょう。
しかし、戦国時代を生きていた人々に織田信長の上洛は画期的な出来事として映ったでしょうか?
例えば上洛前、三好三人衆が擁していた14代将軍の足利義栄は将軍宣下を受けていたものの京都に入る事は出来ませんでした。
そればかりか、三好三人衆が殺害した13代将軍足利義輝は、三好長慶に京都を追い払われ近江国の朽木で5年間も生活しており京都に将軍不在の状況が続いています。でも、政治は三好長慶により滞りなく進み、朝廷も義輝よりも長慶を頼りにしました。
つまり、織田信長上洛前の状況では、将軍は死んだら困りますが、健在であれば別に京にいなくても天下は回る「将軍元気で留守がいい」状態であったのです。この状態を信長よりもずっと近くで観察していた朝倉義景が上洛という言葉に消極的だったのは無理もないでしょう。
(公方様は健在であるのに、さらに義昭様を担いで上洛など薪を担いで火に飛び込むようなものじゃ、危うくてかなわん)義景は、そんな風に考えていたのかも知れません。
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半世紀前に破綻していた将軍上洛
足利将軍を奉じての上洛は戦国時代全体を見ると信長だけではありません。すでに中国の大守護大名、大内義興が1508年に足利義尹を擁して上洛していました。
しかし、当時京都には将軍足利義澄が細川澄元に補佐されて存在していたので、義興は細川高国と手を組み、足利義澄と細川政元を追い払う事に成功します。
ところが、ここからは泥沼になり、細川澄元は三好之長と再三にわたり京都を脅かし、奈良東大寺のような大寺院の荘園返還の訴えに苦しみ、本拠地の周防では新興の出雲の尼子経久が勢力を伸ばし義興を悩ませました。
そして、極め付きには当然というか、細川高国や足利義植(義尹)と不仲になり、1518年、義興は10年間滞在した京都を後にしたのです。このように信長上洛の半世紀前に、将軍を擁して上洛するのは悪手である事が証明されていました。
朝倉義景は「歴史」から学んでいた
その頃、朝倉氏は越前の支配者になっていましたから、大内義興の顛末は当主が代々父祖から見聞して知っていた事でしょう。大内義興の時代から半世紀は経過しましたが、今回も足利将軍2人の争いであり敵味方が入り乱れて京都が混乱するのは分かり切っていました。朝倉義景は、義昭を奉じての上洛などリスクが高いだけで成功しないと歴史から学んでいたかも知れません。
ところが、当時田舎国人だった尾張織田氏は、そこまで詳しい上洛の顛末を知らず、信長には将軍を擁して上洛が魅力的なプランに見えていたのです。善い意味で、歴史を知らない信長は虎の尾を踏む大冒険に出ようとしていました。
信長は悪手を克服し天下人になった
足利義昭を奉じての上洛を成功させた信長ですが、安定していたのは最初だけでした。すぐに、三好三人衆が京都を奪い返そうと阿波から摂津に再上陸し、その騒動に大坂本願寺も加担し、信長が南下している間に、北では浅井・朝倉が連合して比叡山も加わり、京都を狙うなど大ピンチが連続して起こります。
そして、あれだけ苦労して擁立した将軍義昭ともすぐに不和となり、室町幕府の腐敗した行政組織に辟易し、結局は義昭を追放して室町幕府を滅亡させます。
追放された足利義昭が信長追討を掲げると、武田信玄、武田勝頼、上杉謙信、毛利元就のようなビッグネームが信長に襲い掛かり、それに加えて外様の松永久秀や荒木村重、
浅井長政が途中で叛くという、大変なムリゲーを10年以上も続ける事になるのです。後世の私達はこれを、さすが戦国の風雲児、織田信長!と讃えてしまいがちですが、そもそもの大苦戦の原因が、義昭を奉じての上洛にある事に注意を向けてみると
「そもそも信長のムリゲーは自分で蒔いた種であって自業自得じゃね?」
こんな感想が浮かんでもくるのです。
戦国時代ライターkawausoの独り言
織田信長は、自身の無知ゆえにぶちまけた悪手に気づけず、襲い掛かる困難を必死で乗り越えて天下人であり続け、遂には不可能を可能にしてしまいました。この類まれな勝負強さと忍耐力と不屈の闘志こそが、理知的で慎重で謙虚に歴史に学んだ朝倉義景が、信長に滅ぼされた決定的な要因だったのかも知れません。
参考:新説の日本史 (SB新書) /河内 春人 (著)/亀田 俊和 (著)/ 矢部 健太郎 (著)/高尾 善希 (著)/町田 明広 (著)/& 1 その他
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