三国志の物語において、天下の趨勢を決める大決戦といえば、官渡の戦い、赤壁の戦い、夷陵の戦い、といった名前が挙がるでしょう。
とりわけ西暦200年の官渡の戦いは、三国志前半における大物二人、曹操と袁紹のまさに天下分け目の決戦でした。
史実ではこの時、袁紹は曹操に惜敗して没落。曹操はこれをもって天下に王手をかけます。いっぽう、同じ西暦200年、
長江の南で大勢力を築いていた孫策が若くして急死。弟の孫権が後継者として立つことで呉の国の基礎が出来上がります。まことに西暦200年は三国志の様々なターニングポイントとなった年でした。
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孫策と袁紹の緊急同盟は可能だったか?
しかし、ここで中国の地図を見ると、こう思いませんでしょうか?
「もし袁紹が孫策に呼びかけて緊急の同盟を結成し、曹操軍を、北から袁紹軍が、南から孫策軍が挟み撃ちにする大戦略を決断したら、さしもの曹操も苦戦したのではなかろうか」と。そういえば孫策という人物は、軍事に優れた英雄でありながら、西暦200年という大事な年に急逝してしまったため、中原の天下統一の競争に直接加わることはありませんでした。
孫策と曹操の直接対決、という夢の展開を想像するだに、この「袁紹が孫策を仲間につける」シナリオは、胸が躍るイフ展開ではないでしょうか?
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孫策が北上して官渡の戦いに参加するための条件とは
今回は、この夢のシナリオの発生条件を考えてみましょう。そもそも、袁紹が孫策に援軍を要請する可能性はあったでしょうか?私は、あったと思います。それどころか、袁紹の部将には有能な参謀たちも多数残っていたため、実際に誰かが献策したこともあったかもしれない!
「取り得るオプション」として、袁紹および彼の参謀の頭には一案として考慮されていたのではないか、くらいに思っています。援軍を求められる側の孫策も、天下取りレースに参戦できる絶好の機会となるので、自らが遠征軍を率いて官渡の戦いに出向くことには前向きになったのでは?
つまりこのシナリオ実現の最大の障壁は、孫策の寿命が西暦200年で尽きてしまう点、ということになります。では、ここだけは「歴史のイフ」の力を借りて、「もし西暦200年に、孫策が急死する事件が起こらず、彼が元気なままだったら?」の仮定を措きましょう。そうすれば孫策の北上は可能だったでしょうか?
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あと三つの戦略的な条件が揃えば夢の対決は実現可能?
孫策の健康が維持されたとしても、北上遠征にはまだ困難が伴います。
すなわち、
・江南の政治体制が整っていない
・強引な江南平定が諸豪族の恨みをかっており、反乱の危険がある
・隣の荊州の劉表が大勢力であり、警戒せねばならない
といったところでしょうか。しかし、孫策が元気であってさえくれれば、実はこの三つは何とかなりそうです!
そもそもこの時期、孫策の弟の孫権は、既に兄の下で内政の幹部として働き始めており、その手腕は兄も認めるところでした。
史実では、孫策が急死したために、孫権を周瑜や張昭ら重臣が支える形で新体制が立ち上がり、これがうまく機能する、という流れとなりましたが、孫策が健康であれば、後継者としてではなく、孫策が遠征で江南を留守にする間の留守太守として、孫権を任命、それを周瑜や張昭に支えさせる体制を指示したかもしれません。
史実でもうまくいった「孫権を中心とした江南統治」を、孫策が留守政権として指名する、こうすれば、孫策が遠征に出かけても、江南の内政は安心です。
さらに、孫策軍には、黄蓋や太史慈といった有能な将軍も含まれています。これら勇将たちを各地の反乱の対処に転戦させれば、不穏な勢力への抑止として十分です。
また、劉表についても、対策は可能です。劉表にとっても、曹操は孫策以上に恐ろしい相手であり、もし孫策が曹操と戦って潰し合ってくれるならば、こんなに助かる話はありません。
かつ劉表自身が高齢で積極的な軍事行動を好んでいなかった時期と考え合わせると、孫策が曹操に対する義軍を起こすことを大義名分に、劉表に「相互不可侵同盟」を申し出れば、劉表は喜んで乗ってきたのではないでしょうか。
すなわち、孫策が健康であれば、彼自身が自分の遠征中の江南を安定させる戦略として、
・弟の尊敬を留守太守に指名し、
・太史慈や黄蓋に適切な兵力をつけて反乱抑止に配置し、
・劉表との和解を成功させる
という素早い判断と外交的手腕を発揮したことは、意外に、ありそうなことと思います!
まとめ:このシナリオで一番トクをするのは実は劉備?
これらの条件を整えれば、孫策は自ら兵を率いて官渡の戦いに割って入り、曹操を背後から衝くことができそうです。ただしこのシナリオには、孫策にとっては、やや手痛い弱点もあります。
というのも、このシナリオでは、孫権も周瑜も太史慈も黄蓋も江南の守りに残さざるを得ません。兵の数も、江南の守りに残す人数を考えると、かなり制限せざるを得ません。人材も兵力も、かなり抑えた遠征軍になってしまいそうです。つまり、この遠征軍は、孫策本人の、軍事的才能と武勇が、すべての頼りです。
これですと、曹操を一時的には驚かせるかもしれませんが、曹操軍もすぐに対抗策を繰り出してくるはずです。孫策が曹操の背後を衝いたとて、それで戦況の大転換が起きるわけではなく、単に官渡の戦いが史実よりも長引き、袁紹と曹操と孫策がずるずると何年も削り合う泥仕合になるだけかもしれません。
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三国志ライターYASHIROの独り言
そうなると、意外なことに、このシナリオで漁夫の利を得るのは、荊州で安心して劉表に保護され、孔明や龐統を仲間に入れて、史実よりも早めに益州に侵攻できる劉備、ということになるかもしれません!
曹操と孫策の直接対決という夢展開が発生するこのイフシナリオを今回は考えてみました。皆様はこのシナリオの実現性、およびこの決着、どのようにお考えでしょうか?
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