

この記事で分る事
・趙は騎馬民族でスーパーサイヤ人枠
・長平で武人は失われていない
・秦と違い地方が超元気
・李牧が人材オバケ
・敗戦が隠れた兵力を可視化した
キングダムを読んでいて、
どうしても気になる点がある。
長平で四十万を失った国から、
なぜ次々と将軍級の人材が出てくるのか。
単なる漫画的補充要員で片付けるのは簡単だ。
だが、それでは物語世界が軽くなる。
ここではkawausoが本気で考える。
趙は本当に“湧いている”のか。
今、宣言しておく!
今回は絶対に絶対にふざけない。
この記事の目次
趙は制度国家ではなく軍事文化国家だった
秦は徹底した中央集権国家である。
戸籍を整備し、辺境住民まで「秦人」として組み込むことで兵力を回復した。
これは漫画で見て読者も知ってる。
一方、趙は違う。
趙武霊王 が胡服騎射を導入したことは象徴的だ。
これは単なる軍装改革ではない。
国家の戦闘様式そのものを北方型へ転換した出来事である。
趙は北方異民族と常に接していた。
騎馬戦は日常であり、機動戦は生活圏の延長だった。
つまり趙では、
武が制度で管理されるのではなく、
社会構造そのものに内包されていた可能性がある。
同じジャンプの漫画で言うと
趙は騎馬民族の戦闘力と血を入れて
サイヤ人化した国家だ。
この差は大きい。
長平で失われたのは“動員兵力”であって“武人層”ではない
長平での大敗は壊滅的だった。
だが失われたのは大量動員された兵士であり、
武人家系や地方豪族層が全滅したわけではない。
戦国期の軍事指揮層は、
しばしば家系・地域単位で存続する。
武の記憶は継承されて続く
現に青歌の司馬尚や代のアイツが出てきた
秦のように戸籍で管理されていない社会では、
中央の統計に現れない武装勢力が
相当数存在していた可能性がある。
辺境の騎兵団。
豪族私兵。
山岳地帯の防衛勢力。
平時は目立たず、戦時に前面化する。
“湧く”のではなく動員の段階が変わった
ここを勘違いしてはいけない
つまり、今後、趙が窮地に陥る程
趙から武人が湧く!
中央の弱さは地方の強さ
秦は中央集権国家である。
対して趙は王権が安定しているとは言い難い。
中央の統制が弱い国家では、
地方の自律性が高まる。
代もそうだし、青歌もそうだ。
病気と言えば王命を無視して
邯鄲に来なくていい自由さ
もちろん、攻め込まれても
撃退する腕力もあるから出来る芸当。
これは政治的には不安定だが、
軍事的には「埋蔵戦力」を抱える構造でもある。
国家が平時に掌握しきれていなかった武装集団が、
危機のたびに顕在化する。
その結果、
読者からは
「また新武将が出てきた」と見える。
だが国家構造から見れば、
これは分散戦力の再編に過ぎない。
まとめると趙はまだ本気出してない
今までは趙王が負けていただけだ
李牧という再編軸
史実でも名将とされる
李牧 の存在は決定的だ。
北方防衛を任され、
騎馬勢力を統率した人物である。
分散していた武人層が、
李牧という軸のもとに再統合される。
今、WOWOWでやっている
水滸伝の宋江みたいな役割だ。
あんなカイネだけには甘く
庶民の憎悪を煽って秦に死ぬまで
立ち向かわせて何とも思わない
ご都合主義男の何がいいのか?
kawausoには理解不能だが
漫画上は魅力100の人材登用率
100%マシーンだ。
強い人物の登場は、
眠っていた人材を引き寄せる。
それは歴史上、珍しい現象ではない。
でもメンドイから説明しない。
GoogleAIに聴け!無料だぞ
趙から人材が次々現れるのは、
李牧という磁場の存在を前提にすれば、
一定の整合性を持つ。
秦と趙の対照
秦は「制度で増える国」。
趙は「文化で残る国」。
秦は戸籍によって兵を把握する。
趙は武の伝統によって兵が生まれる。
秦は管理国家。
趙は武人社会。
この対照で見るならば、
秦の兵力増加が帳簿的に説明できるのと同様、
趙の人材出現も社会構造で説明できないか?
“湧く”のではない。
“見えていなかった層が、順番に戦場へ出てきている”。
そう考えれば物語世界は崩れない。
キングダム(春秋戦国時代)ライターkawausoの独り言
そして最後に。
ここまで真面目に積み上げてきたが。
ぶっちゃけ、kawausoは
ただの漫画の都合だと思いますぴょん!
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