[3月5日は日本初のスクランブル交差点]日本で最初にできたのは渋谷ではなかった

2026年3月5日

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kawauso編集長(石原 昌光)

編集責任者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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おとぼけ

 

今や東京・渋谷の象徴ともいえるスクランブル交差点。しかし、日本で最初に設置されたのは渋谷ではなく、熊本市だったことをご存じでしょうか?1973年(昭和48年)3月5日、熊本市の通町交差点に、日本初のスクランブル交差点が誕生しました。

 

画期的な仕組みで歩行者を守る!

 

スクランブル交差点の最大の特徴は、すべての信号が赤になる「歩行者優先時間」を設けたこと。当時の日本は高度経済成長期で、交通量が急増。特に都市部では歩行者と車両の衝突事故が多発していました。そこで、車を完全にストップさせ、歩行者が四方八方に自由に渡れる新しい信号システムが考案されたのです。

 

 

世界にも広がるスクランブル交差点

 

この画期的な仕組みは世界各地にも採用され、ニューヨークのタイムズスクエアやロンドンのオックスフォード・サーカスにも導入されています。特に渋谷のスクランブル交差点は世界最大規模で、1回の青信号で約3,000人が渡ることも!

 

 

まとめ

 

スクランブル交差点の歴史が、熊本から始まったとは驚きですね!あなたの街にも、意外な歴史が隠れているかもしれませんよ。

 

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