北方謙三先生の『水滸伝』と原典の『水滸伝』は、別の物語として読んだほうがいい。人物の名前は同じ。108人という数も、席次も同じだ。
それでも骨格が違う。この記事では違いを3つに絞って解説する。んで、最後に「じゃあどっちから読めばいいのか」という話までする。
僕は北方謙三先生の水滸伝から入った。
その前に『まんがで読破』シリーズの『水滸伝』を読んでいたので、原典のあらすじだけは頭にある状態だった。原典を薄く知ったまま北方版を開いた側だ。この記事は、その二つを突き合わせるとどこが違うのかをまとめたものになる。
この記事の目次
北方謙三『水滸伝』と原典の違い|大きいのは3つ
| 項目 | 原典『水滸伝』 | 北方謙三版『水滸伝』 |
|---|---|---|
| 梁山泊の性格 | 行き場を失った者が流れ着く場所 | 世直しのために作られた組織 |
| 敵 | 高俅ら腐敗した官 | 高俅に加えて青蓮寺という諜報組織 |
| 108人の生死 | 原典どおりの順で死んでいく | 生き残る者と死ぬ者が入れ替わる |
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違い1|梁山泊が「世直しのための組織」として作られている
北方版の梁山泊は、最初から目的を持って作られる。原典の梁山泊は、罪を着せられた者や食い詰めた者が次々と流れ着いて、気づけば大きくなっていた場所だ。宋江が加わるのも、人を殺して逃げた末のことだった。北方版では順番が逆になる。宋江が先に世直しの志を持ち、そのための拠点として梁山泊を手に入れる。
分かりやすいのが、初代首領・王倫の最期だ。ここは原典と同じ流れだろうと思い込んでいた。梁山泊の頭領が代わる場面なんて、どちらも似たようなものだろう、と。並べてみると違う。
原典では、入山を渋る王倫に腹を立てた林冲が、その場で斬る。北方版では宋江が林冲と安道全を先に潜入させ、晁蓋と呼応して王倫を斬る。同じ結果でも、片方は激情、もう片方は計画だ。ここ、好きなんだよね。拠点の作りも違う。北方版の梁山泊には二竜山・双頭山・流花寨といった複数の拠点があり、募兵と調練を担う場所、物資を作る場所、遼との交易を担う場所と役割が分かれている。山賊の砦というより、山に置かれた組織だ。寝る部屋と物置と台所を分けるみたいに、山ごとに役割が振ってある。
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違い2|青蓮寺という敵が出てくる
青蓮寺は北方版だけに登場する組織だ。原典に該当する存在はない。役割は諜報。梁山泊に間者を送り込み、資金の流れを断ち、内側から崩そうとする。総帥は袁明、その配下に李富がいる。やっていることは、学校で誰かの評判を落として孤立させるのと変わらない。規模が国になっただけだ。
ドラマから入った人が最初に戸惑うのは、たいていここだ。原典を読み始めても青蓮寺が出てこない。ただ、青蓮寺が置かれた理由は分かりやすい。
原典の梁山泊は、官軍との野戦で勝ったり負けたりを繰り返す。敵は目に見える軍隊だ。ところが北方版の梁山泊は世直しを掲げる組織なので、正面からぶつかるだけでは物語が持たない。組織には組織をぶつける必要がある。青蓮寺はそのために置かれた敵だと考えると、収まりがよくなる。
高俅はどちらにも出てくる
蹴鞠の腕で皇帝に気に入られて出世した高俅は、原典にも北方版にも出てくる。林冲を陥れる役どころも共通だ。青蓮寺だけが足された。そう考えれば十分だと思う。
違い3|死ぬ人と生き残る人が入れ替わっている
ここが読むうえでいちばん影響の大きい違いかもしれない。北方版では、原典で死んだ人物が生き残る。史進や白勝がそうだ。逆に、原典では生き延びる人物が早々に死ぬこともある。原典を先に読んでいても、誰がいつ死ぬかは読めない。んで、ここからが北方版ならではの仕掛けだ。
章のタイトルが予告になっている
各章のタイトルには「天魁の星」「地傑の星」のように、百八星の宿星名が使われている。そして、タイトルに宿星が使われた章では、その宿星の人物が死ぬ。まだタイトルに使われていない人物は、当面死なない。ちなみに巻のタイトルは「曙光の章」「天地の章」のように別の付け方をしている。宿星名が並ぶのは、巻の中の章のほうだ。
なぜ、わざわざ先に教えてしまうのか。最初は読者への親切かと思った。んで、読み返すと逆な気もしてくる。残りのページ数と名前を突き合わせながら読ませる、けっこう意地の悪い仕掛けだ。正直、ここは決め手を持っていない。死を隠さない書き方が効く読者もいれば、興ざめだと感じる読者もいるはずだ。ここから先は、読む人が自分で決めるところだと思う。
北方謙三の水滸伝のオリジナル設定:聚義庁の札
梁山泊の中枢である聚義庁には、頭領たちの名を書いた札が掲げられている。生きているうちは黒い字。死ぬと札が裏返され、赤い字に変わる。壁を見れば、あと何人残っているかが分かる。この設定も原典にはない。
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ドラマから原作に入ると、どこで戸惑うか
ドラマ『北方謙三 水滸伝』の原作は、原典ではなく北方版だ。ここを取り違えると、書店で買う本を間違える。戸惑いやすいのは次の3つだ。
| 戸惑うところ | 理由 |
|---|---|
| 青蓮寺が出てこない | 原典を買ってしまった場合。北方版のオリジナル組織のため |
| 宋江の印象が違う | 原典の宋江は流れ着いた側。北方版は最初から志を持つ側 |
| 死ぬ順番が違う | 北方版は原典の生死を入れ替えている |
では、どちらから読めばいいのか。原典を先に読んでおくと、北方版の変え方が全部見える。逆に、ドラマから入って北方版を読み、あとから原典に触れても、驚きの量は変わらない。両方読むと二度おいしい。順番で損をすることは、たぶんない。そこは安心していいと思う。
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北方謙三『水滸伝』の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 連載 | 1999年〜2005年/集英社『小説すばる』 |
| 巻数 | 全19巻(集英社文庫)+別巻『替天行道 北方水滸伝読本』 |
| 受賞 | 第9回 司馬遼太郎賞 |
| 続編 | 『楊令伝』全15巻 →『岳飛伝』全17巻 |
| ドラマ | 2026年2月15日からWOWOW・Leminoで配信。全7話。宋江役は織田裕二さん。続編の制作が決定しており2027年に放送・配信予定 |
『水滸伝』『楊令伝』『岳飛伝』の三部作は、あわせて「大水滸伝」と呼ばれる。19巻で終わりではない。
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北方謙三『水滸伝』と原典の違いについてよくある質問
ドラマの原作はどちらを読めばいいの?
北方謙三先生の『水滸伝』(集英社文庫・全19巻)だ。書店では中国古典の『水滸伝』と並んでいることがあるので、著者名を確かめてほしい。
原典を読んでいなくても北方版は読める?
読める。原典の知識を前提にした書き方はされていない。ただ、108人の名前と綽名を先に眺めておくと、序盤の人物の出入りが追いやすくなる。
108人は全員出てくるの?
北方版でも百八星は扱われる。ただ、各章のタイトルに宿星名が使われる構成なので、原典とは登場の重みが変わっている人物がいる。
どちらが面白いの?
好みの問題だと思う。物語の勢いと群像の賑やかさなら原典、組織と志の物語として読むなら北方版が向いていると思う。
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水滸伝ライターおとぼけの独り言
聚義庁の札が、どうにも頭から離れない。黒い字が赤くなる。それだけの仕掛けだ。ただ、あれは残った者に「次は自分かもしれない」と毎日突きつける装置でもある。壁を見上げるたびに、赤が増えていく。原典の梁山泊は、108人が揃った時点がいちばんの盛り上がりだった。北方版は、揃ったあとから札が裏返り続ける。同じ108人でも、こうも読み味が変わるのかもしれない。



















