
王賁は変わったのでしょうか。
今回の話で王賁は
壁に頭を下げました。
しかし、あの王賁が
そんなに簡単に変わるでしょうか。
皆で考えよう
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この記事の目次
王賁が頭を下げる衝撃
今回の王賁の行動に
違和感を覚えた読者は多いはずだ。
壁に頭を下げた。
あの王賁がである。
冷たいエリート王賁
かつての王賁を思い出してほしい。
彼は典型的な名門エリートだった。
父は秦国最高の将軍、王翦。
自らは若くして将軍の器と呼ばれる天才。
そのためか、王賁は常に他人に厳しかった。
いや、正確に言えば「認めなかった」。
飛信隊の信を見ても、
当初の王賁はまったく相手にしていない。
あの頃の王賁にとって、
信は同格の武将ではなかったからだ。
その王賁が、壁に頭を下げた。
一体何が王賁の中で起きたのか?
王賁は何度も死にかけた
王賁という人物を語る上で、
忘れてはいけない場面がある。
朱海平原の戦い。
王賁は胸を抉られる瀕死の重傷を負う。
あと一歩で命を落としてもおかしくなかった。
……もっとも王賁は
キングダム界のキヨハラと呼ばれるレベルで
怪我が多い男なのだが。
でも、この経験は大きい。
戦場で一度死を見た人間は変わる。
それまで当たり前だった自信が崩れ、
世界の見え方が変わる。
王賁がその後、
以前より周囲を見るようになったのは
この経験が大きいのではないか。
今回の壁への態度も、
そう考えれば理解できる。
君たちがいてボクがいる
将軍とは、
一人で戦う存在ではない。
部下がいないと何も出来ないのだ
人を使い、
人を信じ、
人を頼る。
それを学んだ王賁が、
壁に頭を下げた。
玉鳳だけでは霊咒公は倒せない
きみたちがいてぼくがいる
そう考えれば、
これは王賁の成長だ。
王賁は王翦の血を継いでいる
しかし、ここで忘れてはいけない事実がある。
王賁の父は
秦国最強の戦略家、王翦である。
王翦は感情で動かない。
彼の判断基準は常に一つだ。
「利用できるかどうか」
人を好きか嫌いかではない。
戦略上、必要かどうかで判断する。
人間を持ちゴマとして扱う
哀しいけれど、
これも有能な将軍の素養
つまりは王翦の猿真似?
もし王賁が父の血を継いでいるなら、
今回の行動はまったく違う意味になる。
壁は、兵をまとめる能力がある。
民衆からの信頼も厚い。
つまり――
戦場で使える将軍だ。
だから頭を下げた。
(プライドが高い俺が
頭を下げれば壁は感激し
期待に応えようと
張り切るだろう。)
それだけの話かもしれない。
王賁は変わったのか
ここが今回のポイント。
王賁は
① 成長したのか
② 王翦型の合理主義者なのか
どちらなのか。
読者の間でも
意見は分かれている。
実はカワウソの中ですら
意見は2つに割れている…
おわっ!?
鏡の中で笑っているのは誰だ
うぎゃああああああ!!
ドッペルゲンガーだ!
王賁はハイブリッド将軍へ
だが、もしかすると
答えはそのどちらでもない。
王賁は“王翦とは違う王翦”になる
王翦は合理の将軍だ。
だが、人望の将軍ではない。
部下は従うが、
慕っているわけではない。
だから、妟戎みたいな
下品なヤツが入り込む
類は友を呼ぶんだよ
ルイルイ!
しかし王賁は違う。
彼は信や蒙恬という同世代と競い、
戦場で共に生き延びてきた。
つまり王賁には
合理性と人間関係の両方がある。
もし王賁がこの二つを併せ持つなら、
彼は父とは違う形の名将になる可能性がある。
王翦の戦略。
信のような人望。
その両方を持つ将軍。
それが将来の王賁かもしれない。
kawauso編集長の結論
ただし。
ここまで真面目に考えておいて何だが。
もしかすると王賁は
そこまで深く考えていないのかもしれない。
なぜならキングダムの世界では、
だいたい一番単純な男が勝つ
李信とか、あと李信とか、それに李信とか
逆に
メンドイ属性をつけられると
大体途中でいなくなる
龐煖とか屁理屈こねて
弓矢兄に射殺された青華雲とか
まあ、それはさておき。
今回の王賁の行動は
成長の証なのか。
それとも父の血なのか。
この答えが見えるのは、
もう少し先の戦場だろう。
キングダムファンの諸君は
一体、どう思うね?
うわっ!だれだそこにいるのは
ああああああああ!!
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