[7月17日は東京の日]江戸から東京へ!一夜で名前が変わった首都の真実

2026年7月17日

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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四頭立ての馬車 文明開化(明治時代)

 

1868年7月17日、明治政府は日本の首都・江戸の名称を「東京(とうけい)」と改めることを正式に決定しました。「東の京(みやこ)」という意味で、京都に対する新たな都として位置づけられたのです。

 

 

でも、首都とは明言されていない!?

 

実は、東京が日本の“首都”であると法律に明記されたことは一度もありません。首都機能が集中しているため、事実上の首都として扱われていますが、明文化はされていないという意外なトリビアです。

 

 

なぜ“とうきょう”と読むの?

 

当初は中国風に「とうけい」と呼ばれる予定でしたが、民衆に馴染みやすいよう「とうきょう」と呼ぶようになったと言われています。日本人の柔軟な発想がここにも表れています。

 

 

まとめ:東京に“都”と書いて“みやこ”と読む浪漫

 

江戸が東京へと変わったその日、日本はまさに新しい時代に踏み出しました。あなたが暮らす「東京」には、まだまだ知られざる歴史が眠っているかもしれませんよ。

 

 

 

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