三国志に出てくる役人と言えば、正直で極端に貧乏か、汚職を繰り返し、とても金持ちかの両極端のイメージがあります。しかし、実際には、どんなに清廉潔白であろうとしても、この時代には貧乏になると役人はクビというとんでもない決まりがあったのです。
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金がない為にクビになった燧長 杜未央
「河平元年(紀元前28年)、九月十九日、不侵(ふしん)侯長心得の士吏、猛(もう)が申し上げます。将軍が塞を巡視した折、駟望(しぼう)燧長(すいちょう)杜未央(とびおう)は所持する剣が錆び、犬も一匹不足している事が指摘されました。
未央は貧窮にして軟弱、今後、このように巡視で指摘されるような事があってはならず、罷免(ひめん)するように求めます。以上、将軍の指摘を取り次いで侯官に申し上げます」
これは、紀元前28年の前漢の末、シルクロードを守備していた警備隊の木簡の記録です。
因みに燧長とは、異民族との国境で砦に勤務する役人です。燧はのろしの事で、砦で烽火を上げる責任者なのです。燧長の下には戊卒(ぼそつ)という徴用された兵しかいませんから辺境では最下級の役人です。
漢の時代、貧窮軟弱の意味は現代と違う
この文書には、杜未央が貧窮にして軟弱である為に罷免、つまり、クビにしてほしいとあります。現代では軟弱には、体が弱い意志が弱いという意味合いですが、この時代には、軟弱とは、だらしがない自分を管理できないという意味の方が濃厚でした。
つまり、杜未央燧長は、貧乏人で必要な犬が揃えられず、おまけに剣も錆びていて手入れもされていない、怠け者だから、クビにするとされているのです。役人をクビにされるという事は平民に戻るという事に他なりません。
前漢期には、十万銭がないと役人には成れなかった
漢書景帝紀 後二年(紀元前142年)の五月には、以下のような詔(みことのり)があります。
「今、資産が10万銭以上で、はじめて役人になれるが、廉潔の士は、必ずしも資産が多くない(中略)今後は資産4万銭以上のものでも、仕官できるようにし、廉潔の士が久しく失職し、貪欲な人間が、長らく利を貪る事がないようにせよ」
因みに10万銭を現在の貨幣価値に直すと、3300万円になります。その後、4万銭に落ちたとしても、1300万円ですから、ちょっとした家が建てられる資産がないと役人にはなれなかったのです。
当時の役人が保有していた資産一覧
では、当時の役人は、どのような資産を保有していたのでしょうか?
それについて記した木簡があるので紹介します。
・子供の奴隷が2名(3万銭)
・大人の婢が1名 (2万銭)
・小型の馬車が2台(1万銭)
・馬車用の馬が5頭(2万銭)
・牛車が二輌 (4千銭)
・牛車用の牛二頭(6千銭)
・屋敷が一区画 (1万銭)
・田畑が五頃 (5万銭)
以上、合計で15万銭也
これは、燧長の砦を10程纏めて監督している侯長(こうちょう)の礼忠(れいちゅう)という人の資産ですが、そこまで高い身分ではありません。それでも、総資産をカウントすると15万銭あるのです。
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威厳を保たないといけない役人は大変だった
役人は、士大夫と呼ばれ、上では皇帝に直結する存在で、庶民とは格が違いますから、当然、それなりの格式が要求されました。つまり、毎日、飲まず食わずで、垢まみれの衣服を着て、ふらふらで歩いている事は、役人には相応しくないとされたのです。
それでも下級役人の給与は、燧長で月給600銭に過ぎず、例に挙げた侯長でも月に1200銭でした。現在の貨幣価値だと、燧長は198、000円、侯長は2倍で396、000円を貰っている事になります。
燧長の年収は、237万円でギリギリ低所得者層から抜け、侯長は、475万円で中間クラスの年収になります。
物価は変動しますから、参考にしかなりませんが、後漢の時代には、白米が1石(20リットル)で400銭。牛肉1斤(220g程)で40銭という価格ですから、そんなにもらってないな・・というのが正直な感想です。
実際に資産を減らさない為に、本業以外にも副業をする下級役人は沢山いたそうで、彼等は貧乏になりクビにならない為に、必死に働いていたようです。
三国志ライターkawausoの独り言
とまあ、最低4万銭の縛りがあるので、役人は下級から上まで、何らかの賄賂を得る必要がありました。三国志で清廉の士と呼ばれる人々は、余程の金持ちでないなら、賄賂を断り、必死に副業をして生活のランクを落とさないように、努力していた事になりますね。こういう事実を知ると、清廉の士がいかに存在しにくく、その為に尊敬されたかが分かります。
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