曹操も心配した賈逵の瘤【三国志ミニコラム】

2022年1月9日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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賈逵(かき)

 

賈逵は怒りを我慢すると体に瘤が出来る体質だったそうです。以前、弘農郡に居た時に典農校尉と諍いを起こしましたが、首尾よく解決しませんでした。すると怒りの余り賈逵の肉体には瘤が出来て、日に日に大きくなります。

 

賈逵は外科手術で瘤を取ろうと曹操に名医を紹介してもらおうとしますが、

 

困る曹操の表情

 

曹操は「おお賈逵よ、瘤の手術は、十人中九人までが死ぬと言うぞ、それでもやるのか?」と諭しました。

 

賈逵は構わずに手術しましたが、その後も瘤は大きくなる一方だったそうです。三国志の時代、瘤の手術は死ぬ確率がかなり高かったようです。おそらく悪性腫瘍で瘤が癌化していたのでしょう。

 

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英雄の死因

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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