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この記事の目次
友人の助けで秦へ逃亡
范雎は瀕死の重症を追いますが、友人の鄭安平(ていあんぺい)によって治療された事で数か月後には傷の大部分を治します。この時魏斉は范雎が生きている事を知り、彼の身柄を捜索します。范雎はこのままではやばいと思い、名前を張禄(ちょうろく)と偽名を使い、魏の国内を逃げ回っていました。そんな時秦からの使者である宦官・王稽(おうけい)が魏に来訪します。鄭安平はこの話を聞き、この宦官に范雎を推挙。王嵇は范雎に会うと、弁論が爽やかで知識に溢れていた人物である事が分かり、彼を秦へ連れて帰ります。こうして辛い忍耐の日々を送っていた魏との別れとなります。そして秦へ向かった范雎に最大のチャンスが舞い降りてくる事になります。
待たされる日々
王稽(おうけい)は昭襄王に范雎を推挙します。しかしいつまでたっても范雎へ昭襄王の使者が来ることはありませんでした。こうして一年の歳月が経ちます。范雎は昭襄王へ手紙を書きます。
「王よ。とにかく私と会って私の話を聞いて頂けませんか。もし私の話が気に入らなければ、首を斬っていただいてもかまいません。私は王の事を思ってあなたと話がしたいのです。」と痛切に思いを書き連ねます。
すると昭襄王から返書が届き「そこまで言うのであれば会おう」と范雎と会見する事を約束。
昭襄王との会見
范雎は昭襄王との会見の時「現在秦の国は王が代表ではありません。」と提言します。
昭襄王は少しキレ気味に「じゃあ誰が代表なんだ」と反論。すると范雎は「魏冄(ぎぜん)と宣太后でしょう。各国はこの二人が秦の代表であると思っています。」と伝えます。昭襄王は范雎の発言に反論できず、俯いて黙ってしまいます。
彼は言葉を続けます。
「王よ。現在秦は魏冄と宣太后が秦の代表となっており、秦王はいないも同然である。この状態は王にとってよろしくありません。ではどのようにすれば王の権威を取り戻す事が出来るのか。それは魏冄や宣太后、魏冄の弟である華陽君達を追放する事です。彼らを追放し、秦王の権威を取り戻し、秦王が権威を握っている、元の国の姿を取り戻さなくてはなりません。」と進言。
昭襄王は彼の進言を取り上げ、魏冄一党を追放する計画を立てます。
五年の歳月経て秦の無敵宰相魏冄を追放
范雎と昭襄王は魏冄にばれないように秘密裏に彼らの仲間達を味方に付ける工作を行います。少しずつですが、一人、また一人と魏冄の味方をしていた武将や文官、貴族などを昭襄王の味方として寝返らせていきます。こうして五年の歳月を得て、ついに昭襄王は范雎の協力を得て秦国一の無敵宰相魏冄を追放に追い込みます。魏冄は抵抗するも、自らの不利を認め、弟である華陽君らを連れ、秦国外にある自らの領地へいく事になります。こうして昭襄王が即位してから数十年、王の権威は復活。昭襄王を助けた范雎は宰相へと昇ります。彼も魏での地獄のような毎日から数年が経過しており、耐えに耐え、ついに最大のチャンスを捕えこうして宰相まで上り詰める事が出来ました。平民から宰相へ上った范雎の活躍がここから始まります。
三国志ライター黒田廉の独り言
范雎は宰相になってから、やっと歴史に名を残すほどの名宰相として活躍します。それまでの辛い忍耐の日々があってこそ輝く事が出来たのでしょう。また恩を程かけてくれた人にはしっかりと恩返しを行い、自らを痛めつけた魏斉(ぎせい)や須賈(しゅか)には胸がスカッとなる仕返しを行います。
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