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援軍要請の使者を申し出る
荀灌はこのままでは城が落ちてしまうと感じ、荀菘に「父上。私が石覧様の所に行って救援軍を連れてくる」と言います。荀菘は荀灌の申し出に猛反対します。しかし荀灌は決意を秘めた目で父を見ます。荀菘は荀灌の決意を汲み取り、彼女に護衛数十人と石覧への書状を持たせます。荀灌は夜中密かに城を出て、石覧の元へ向かいます。
敵の追撃を受けるもなんとか石覧の陣へ飛び込む
荀灌は城を出るとすぐに、反乱軍が追撃をかけてきます。彼女は護衛を率いて、戦いながら前進します。そして彼女らは魯陽(ろよう)に差し掛かると、山中へもぐりこんで追撃してきた反乱軍を撒きます。
荀灌はこうして反乱軍の追撃を撒き、石覧が駐屯している陣へ飛び込みます。石覧はボロボロになった少女に驚きますが、荀灌はすぐに書状を見せ「父が籠っている襄城が危険な状態なんです。助けてください。」と懇願します。
石覧は彼女の懇願を受け入れ、救援部隊を編成した後、付近の県を守っている周訪(しゅうほう)へ援軍を送ってくれるよう要請。周訪は石覧から連絡を受けると息子の周撫(しゅうぶ)に軍勢を率いさせて、石覧の元へ派遣。石覧は軍勢が揃った所で、襄城へ向けて進軍を開始します。
反乱軍は破れ襄城は救出される
石覧らは襄城へ着くと、反乱軍に猛攻をかけます。猛将である杜曾は、迎撃の陣を敷きますが、正規軍の猛攻に耐えきれず撤退。胡伉は杜曾が撤退した事を聞き、彼も軍をまとめて撤退します。こうして十三歳の少女の活躍によって襄城は助かる事になります。
三国志ライター黒田廉の独り言
今回は荀彧の遠い孫である荀灌をご紹介しました。僅か十三歳で城の包囲を抜け出し、援軍を引き連れて戻ってくるなんて凄い子です。中国史で軍を率いて活躍した女性は大勢いますが、その中でも最年少で活躍した人ではないかと思います。
ちなみに荀灌は襄城を救った後の事は「晋書」に記載されていませんでした。「今回の晋のお話はこれでおしまいにゃ。次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。それじゃまたにゃ~。」
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